店が終わった後、帰りは一人だった。マサトが翌日から一週間テスト休みをもらいに店長の所に行ったから…。
その理由だけだったら別に良かったんだけど、マサトは明らかに挙動不審だった。
…マサト、帰んないのか?
…ええ、あ…俺、テスト休みもらいに行かないといけなくて…ヒカルさん、先に帰っててください…
…あ、ああ。
…あの!あと…テスト、今回ちょっとやばくて。実習も被ってるし…。ちょっとご飯作れないと思うんです。本当すみません。
…あ、ああ。いいけど。ていうか、俺のことは気にしなくていいから。
…はい。本当すみません。
そんな感じで会話が進んで、俺は一人で家に帰って来た。季節は三月終わり頃。少し肌寒くはあるけど、ヒーターのない自分の部屋でも凍えることはない。
買ってきた缶ビールを空けて、一口飲んだ。元々あんまり酒は好きじゃない。飲むのは、仕事の時か自分を痛めつけたいとき。仕事柄、何度も吐いたりを繰り返してたから慣れたことは慣れたけど…。案の定、一口飲んで流しに捨てた。
色々と考えが浮かんできてまとまらない。
「あんなあからさまに避けなくてもいいじゃん…」
想像以上のひかれ方に、すっごい傷ついてる自分が居た。
マサトは言葉の通り、一週間店に来なかった。それどころかすれ違いすらしない。隣の部屋に人が居る気配はなく、どこかにずっと行ってるみたいだった。
その一週間ずっと俺が考えてたこと。
今まで大切な人との別れは何の前触れもなくやってきてた。
小学校の時、母親は末期のガンだとわかってからあまり時間を置かずに死んだ。もう大切な人はなくしたくなかった。なるべく親父の負担になりたくなかったから、中学時代は新聞配達のバイトをやった。でも、結局親父は事故って未だに意識は戻らない。事故現場を見た人いわく、フラフラ歩いて信号が見えていなかったみたいで、車にひかれてしまったらしい。ついでに言うと、ひき逃げ。犯人は捕まらず手術代は自己負担。
それからは、大切な人なんか作らなくなった。いいなと思った人、ヤッてみた人、色々居たけど、一回きりっていうのは結構多い。人と親しくなりたくなかった。
でも、マサトが当たり前みたいに俺に近づいて来て、当たり前みたいに面倒見てくれて、どんどん好きになってった。
もう、失うのは嫌だ。ずっと友達でもいいから、そばに居たかった。何にも言葉を交わさずに、一方的に引かれて疎遠になるのなんか絶対嫌だった。
(マサトのテスト休みが終わったら、自分がバイだって黙ってたことを謝って…本当にマサトに興味はないから安心していいってこと話して…自分の気持ちは絶対言わない。それで全部元通りだ)
もう、マサトなしの生活なんか考えらんなかった。
マサトのテスト休みが明ける筈の一週間後、時間になり一緒に店に行こうと思って隣の部屋をノックする。
返答はない。
(もう店に行ったのかな?)
そう思って、俺も急ぎ足で店に向かった。
店に入って待機ルームを見渡してみてもマサトはいない。オーナールームに行ってみる。
「店長、マサト来てますか?」
「ああ、マサトならテスト再試験だったみたいであと一週間休むってさ」
「あ…そうなんすか…」
「なんか残念そうだな〜?」
「いや、なんでもないです…」
(もしかしたら、俺、避けられてんのかな…てか、どうしよう…このままマサトが辞めたりしたら…)
正直、何でここまで避けられてんのか、わかんなかった。バイだってばれても告ったわけでもないし…マサト自体があんまり偏見を持つような奴だと思ってなかったから…。
「てか、女々しいな、俺も…」
また、長い一週間が始まった。本当に長かった。仕事に身が入らなくて、女の子達に何度も怒られた。