去年の2月。隣に人が引っ越してきた。
畳六つ分の広さに、ちっちゃなキッチンが一つ。トイレは共同。風呂は大家が近くの風呂屋のオーナーと仲が良い為、入居者は無料で入れると言う特典はあるが、畳にカビが生えたようなオンボロアパートに人が引っ越して来るのは久しぶりのことだった。
朝8:00。まだ睡眠中だった俺の意識は隣のドタバタ音で引きずり起こされた。
バタバタ………
ダン、ダン!
ギィ………
(うるせぇ…)
壁の薄いアパート。音だけならまだしも、家具を置く度に軽い地震が起きる。しかも前の日飲み過ぎで、大きな音が響く度、頭がガンガンした。
さすがにその日も仕事だった為、寝れないと困ると思い、静かにしてもらうよう頼みに外に出た。
チャイムなんて物はついてない。ので、扉をノックする。しばらくして中から人が出て来た。
「はい?」
「!」
(でけぇ……)
中から出て来た隣人の第一印象は、とにかく背がデカイってこと。身長178の俺が見上げる位。完璧ドアよりでかい。後から聞いた話、192センチあったらしい。
黒の短髪。顔はくっきり二重のさわやか顔。引っ越し用なのかTシャツにジーンズ。ダボっとしたジーンズにも関わらず足がめっちゃ長かった。
「あー…俺隣のもんですが」
「隣…あ!すみません!うるさくして…休まれてましたか…?」
(そんな申し訳なさそうにされたら嫌味も言えないよ……)
「あ、でももう終わったんで!本当すみません」
「いえ……」
終わったならよかった、と部屋に帰ろうとしたら、男に引き止められた。
「あの、俺、マサトです。20歳で〇〇大の2年です。これ、つまんないもんですけど…よろしくお願いします」
マサトと名乗った男は、そう言って小さな箱を手渡してきた。重さと箱のサイズから言ってタオルだろう。
(大学生…高校中退の俺には縁のない話だな)
「あー…ヒカルです。21歳。多分生活習慣違うし、あんま関わりないかもだけどよろしく」
「ヒカルさんって…ホストとかですか?」
(唐突だな)
「そうだけど」
「うわー、なんかかっこいいですね」
(なんかって…)
「そういうわけだから、この時間はまだ睡眠時間なんで。わりぃ」
「あ、はい。すみません、引き止めて。おやすみなさい」
まだ何か話したいようなオーラが漂っていたので、打ち切った。あんまり人と深い関わりを持つのは苦手だった。
部屋に戻って薄い布団に入る。隣は驚く程静かになり、物音立てないように注意してくれてんのかな、と思うと、なんか久しぶりの人の優しさにむず痒くなった。
その日の夜。スーツに着替えて髪をセットしてアクセサリーをつけていつも通り出勤した。店に入ると後輩ホスト達が挨拶してくる。
「ヒカルさん、オーナーが呼んでましたよ」
その挨拶してきた中の一人のホストにこう言われオーナールームへ行って…自
分の目を疑った。
「失礼します」
「あ!」
(あ?)
店長と向かい合って座っていたのは、今日越して来た俺の隣人。スーツを着ててもその爽やかさは全然失われてない。むしろホストに必要ないくらい爽やかだった。
「?なんだ?お前ら知り合いか?」
「今日俺の隣に越して来た奴」
「あのオンボロアパートに?君そんな金ないの?」
「いや、家賃なるべく安い所とは思ってましたけど、蓄えが全然ないわけじゃないので」
「てか、店長…」
「ああ。彼、ここで働きたいらしくてさ。実際問題人は足りねーし、ルックス、身長は問題なしだけど、この爽やかさはホストとしてどーなんかなと思って、お前の意見聞きたくてさ」
店長のそんな意見に、奴を見る。目キラキラさせて明らかに期待の目。
(確かに爽やか過ぎて、駆け引きとか出来なさそう)
「まぁ…逆に爽やかさが武器になるかもだし、入れていいんじゃないですか?」
「ありがとうございます!」
ぶっちゃけ、適当に話を終わらせたかっただけ。なのに、それからというもの、そいつはどんどん俺に懐いて行った