空調で管理された空港のターミナルビルから一歩出ると、生暖かい空気がまとわり付いた。五月のバンコクは湿度が高い。
街中までどう行こうか、と煙草を吸いながら考えていると、『スイマセン。日本の方ですか?』と声をかけられた。見るとスーツを着たがっちりした笑顔。『シーロムまで行くんだけど、タクシーであいのりしませんか?』と。怪しい感じもなく、深夜だったので『いいっすよ、お願いします。』『ホテルはどこ?』『取ってないんすよ。適当に安いホテルに一泊して、明日旅行代理店に行こうと思って。』確かに現地の代理店でホテルを取ろうかとも考えていたが、雑誌で読んだ『サウナオベリスク併設の宿泊施設』も頭にあった。さすがにそれは言えない。
『ま、とりあえずタクシー乗ろうか』
タクシーの中での会話から、製薬会社に勤務していること。26才で出張で来た事。学生時代は水球をやっていた事などがわかった。
『バンコクは旅行で?』
『はい。高校卒業して何もする事なかったんで。』
『いいなぁ。その頃に戻りたいよ』
本当はゲイ活動をしたくてきたのだけれど。
『今日は遅いから、よかったら俺のところに泊まったらいいよ。ツインの部屋だし。』
話していて、感じのいい人だったので、俺は迷わず『いいんすか!?』きっと満面の笑みだったと思う。ホテルを探す手間も交渉する手間もホテル代も無くなった。
着いたホテルはシーロムのはじにある『デュシタニ』という立派なホテルだった。10代のバックパッカーもどきの俺なんか、足を踏み入れることもはばかれるようなホテルだ。彰介さん(サラリーマンのお兄さん)がチェックインをしている間、豪華なロビーを眺めていた。
BellBoyに案内された部屋はとても広く、ダブルサイズのベットが二つ。ベットの上にはタイシルクと思える布が上品に掛かっている。
内心を見透かされないよう平静を保ちつつ、ベットに腰掛けた。
『疲れたね。ちょっとだけ明日の仕事の準備するから、先にシャワー浴びていいよ。』
『はい。そうします。』
バスルームに入って、服を脱ぎ、カーテンを閉めてシャワーを浴びた。水圧が高くて気持ちがいい。
シャワーを浴び終わり、カーテンを開けて、俺は思わず声を上げてしまった。『あ!』
バスルームの床が水浸しになっている。
その声で彰介さんが『どうした?』とバスルームのドアを開けて覗きこんだ。