続きです。急展開します。お楽しみに。
俺が坂口さん(友人にきいちゃんと呼ばれていた女の子)と付き合い始めてから……と言っても友達からなのだが、付き合い始めて一週間ほどが経った。とうとう期末テストも始まり、今日の二日目のテストも無事に終わった。あと三日で期末テストからは解放され、さらに三日ぐらいするとそのまま夏休みに突入する。そんな時期だった。
俺は早々に家に帰宅して、明日のテストに備えて自分の部屋で勉強をしていた。机の上に勉強道具と横に携帯電話を置き、時々くる坂口さんとのメール交換をしながら勉強をしていたのだ。
すると時間はあっという間に過ぎ、時計を見たらもう六時になっていた。一度休憩をしようと、ぐっと伸びをしているときだった。家のチャイムが鳴り、その数秒後、一階から母が俺を呼ぶ声がした。
「明宏ー、大史くんが来たよー」
俺はその言葉で、こんな時間に何の用だろうと思っていたら、いきなり部屋のドアが開いて大史が現れた。まあ勝手に俺の部屋まで上がりこんでくるのはいつもの
話なのだが、なんだか機嫌が悪いのか、眉間にしわを寄せて、息を切らして俺の方を見ていた。
「おう、どうしたんだよ。こんな時間に」
俺はなにくわぬ顔で大史に声をかけた。しかし大史はなにも答えず、ただ、荒々しい息を整えようと、上下に肩を揺らしていた。その光景からだいぶと急いできたらしいことはわかった。
俺が大史の応答を待っていると、ようやく大史が口を開いた。
「アキ、おまえ付き合ってるんだってな」
大史にそう言われて……というか、そんな言い回しをされたせいか、胸が飛び跳ねて一気に鼓動が早くなるのがわかった。それは俺の心の中でも、大史にはなぜか隠しておきたいという思いがあったからもしれなかった。俺は平静を装って答えた。
「ああ、うん。てか言ってなかったっけ?」
「聞いてない!てかなぜなにも言ってくれなかったのさ!」
声を荒げて、一人で興奮する大史に、俺は一方的に怒られている感覚がして、あまり心地よくなかった。
「なんでおまえにいちいち報告しなきゃなんねえんだよ」
大史の熱が伝染したように、俺も声を荒げて言った。すると感情は後からついてくるもので、声が荒くなったら、無性に腹立たしくなってきたのだ。俺は椅子から立ち上がり大史に詰め寄った。
「だいたいおまえは俺のなんなんだよ!俺のやることなすこといちいちおまえに相談しなきゃなんねえのかよ!いきなり人の家に押しかけてきて何を言うかと思えば、怒った口調で、付き合ってるんだってなって、おまえは俺の気分を害しにきたのかよ!そんなら帰れよ!」
大史に向かって捲くし立てると、今までのうっぷんがたまっていたように吐き出され、どんどんイライラしてきた。大史が妙に憎らしく思えて、うっとうしく思えた。
俺は大史の正面に立って大史をにらみつけた。すると大史の眉間のしわがかすかに動き、一瞬だけ悲しい表情を覗かせた気がした。俺の心臓はぞの一瞬の表情に妙にざわついて、心が乱れた。これ以上大史を睨むことができず、大史から視線を放してそっぽを向くと、勉強しようと机に向かって歩き出した。
と一歩踏み出したそのときだった。いきなり左腕をぎゅっとつかまれ、ものすごい力で後ろへ引っ張られたのだ。俺はその力の反応で半回転して大史の正面に向く形となった。そして何が起こったのかと大史の顔を見上げた瞬間、大史の唇が俺の唇にあたったのだ。俺はさらに混乱して、何が起こっているのかもわからず、ただ呆然と立ち尽くしていた。そう、俺は振り向きざまに大史とキスしたのだ。長い時間互いの唇が触れ合っていたように思う。やがて大史が顔を離して、俺の正面に立ち、俺の顔を見据えた。俺も正面の大史の顔を見つめていた。すると大史が口を開いた。
「……そういうことだから。俺は明宏のことが好きなんだよ。だから……」
正面の大史は唇を噛み締めていた。悲しそうな表情だった。今にもあふれそうな感情を、押し殺しているようにも見えた。
「……気持ち悪いよな。ごめん。じゃあ、ね」
そういうと、大史は後ろを向いて部屋を出て行った。大史の背中があんなに丸くなっているのを初めて見た気がした。結局、大史に一言も声をかけることができなくて、大史をそのまま返してしまった。
遠くで階段を下っていく音、小さなお邪魔しましたと母に向かって告げる声、玄関のドアが開いて、そして閉まる音だけを聞いていた。
大史がいなくなってからも、どうしていいかわからず、長い時間その場に立ち尽くしていた。ただ、机の携帯だけが、彼女からの新着メールを告げるバイブ音であわただしく鳴り響いていた。