事実なので別に構わないんですけどね、童貞と言われても。
ただ、それであんなに喜んでおもしろがれるマサキが分かりません。
僕はゆっくり歩いて自分の自転車が置いてある場所まで向かうと、マサキがちゃっかり僕の自転車のサドルに腰掛けて待っていました。
「ごめん、調子に乗り過ぎた。怒ってる?」
マサキはしおらしくうつむいて、上目遣いに僕を見ました。
マサキはずるい。そんなふうにされたら誰だって許しちゃうんだろうなって思いました。
「怒ってるよ。誰かさんのおかげで肩がびしょ濡れだ」
僕はリュックを背中から降ろしてカゴに放りこむと、中からタオルを取り出して濡れた肩と腕を拭きました。
「ごめん。でもさ、そんなに気にすることないって。俺もだからさ。いざとなったら二人でナンパでもしに行こうぜ。俺たちゴールデンコンビになれると思う」
マサキは僕が童貞をからかわれたことを怒っているのだと思っているようでした。
「なんの話だよ? 一人で行けば?」
「え。なんで、興味ないの?」
「うん。そういうの向いてないから」
自分から知らない人に声を掛けるなんてとてもじゃないけど僕には出来そうもありません。
「そっか。もったいねえの。ケイかっこいいのに」
「よく言うよ。自分こそ」
マサキには信じられないことに彼女がいませんでした。
作る気さえあればいくらだって出来ただろうに、どうも本人にその気がないみたいで、というのもなによりもサッカー命だったので、女の子に費やす時間がなかったようです。
それと、これは想像ですけど、誰か一人に愛されるよりも、みんなに愛されたいと思っていたんじゃないでしょうか。
マサキの言動を見ていて僕は勝手にそう思っていました。
「でも変な女に捕まるくらいなら、俺がもらってやるからな、言えよ」
とマサキは少し真面目な顔をして言います。
マサキは時々、真面目な顔で変なことを言い出すので返答に困ります。
この時の僕は、セックスの知識が教科書レベルだったので、男女間のそれでさえおぼつかないのに、男同士のセックスなんて想像すら出来なくて、もらってやるというのが僕の童貞を指している皮肉なジョークだってことに気付きもしていませんでした。
「何を? もらってやるって偉そうな。マサキにくれてやれるような物は持ってないよ」
僕は拭き終わったタオルを投げてやります。
掴み損ねたタオルがマサキの顔にぶつかりました。
マサキはそのままタオルに顔を埋めてごしごし拭いています。
「ケイの匂いする」
「あ、臭う? ワルい、汗臭かった?」
僕は悪いと思ってタオルを返してもらおうかと手を伸ばしました。
けれどマサキはタオルを自分の胸のほうにグイと引いて取られないようにします。
「いや、平気平気。ありがと」
とマサキは腕とか肩とかは適当に拭くと、また顔を拭いて返してきました。