ここで俺は冷静に状況を確認してみる。まずい。このままの格好で朝まで放っておく訳にはいかない。もしケンジが突然目が覚めてこの格好に気づいたら、俺との関係が終わってしまうかもしれない。ケンジだって馬鹿じゃない。自分の置かれている状況くらいは的確に把握できる。だが、そうかといって勃起したケンジのペニスを再びジーンズの中にしまおうにも、それにはケンジを起こしてしまうリスクが大きい。
ここでケンジが寝返りを打った。仰向けになる。顔が天井を向く。一瞬俺を見た気がする。
起きたかもしれない。言い訳を考える。無理だ、謝るしかない。俺は脇の下にびっしょりと汗をかいていた。汗のしずくが脇腹を伝って落ちる。体の震えが止まらない。
けれども、ケンジは起きなかった。口を開けて、腕をお腹の前に組み直して眠っていた。寝息はいびきに変わって、部屋中に響いた。ペニスは俺からの刺激が無くなったためか、ゆっくりとしぼんでいって、ジーンズの中に隠れてしまった。ここで俺はなぜかほっとした。一つの救いの形であった。そして俺は最後の作業みたいに、トランクスの前開きを引っ張り、それで柔らかくしぼんだケンジのペニスを包んだ。朝になってトイレに行った時不審に思われないように、念入りに作業する。だがボタンは閉めなかった。閉めるときに目が覚めてしまうリスクと、閉めなかったときに不審に思われるリスクを考えて、前者のリスクのほうが圧倒的に大きいように思われたからだ。ケンジが自分のトランクスのボタンなんか気にするはずがない。
ジーンズのファスナーを一番上まで引っ張り上げた瞬間、俺の全身にどっと疲れが滲み出てきた。俺は自分の布団に倒れ、天井を見上げて静かに深呼吸した。時刻は3時を過ぎていた。ケンジのいびきが響く。あのままもう少し続けていても起きなかっただろうと、打算的ながらも後悔する。だが、幼馴染の友達に対して性的に興奮してしまったという罪悪感も感じる。俺のペニスが静かにおさまる。俺は落ち着きを取り戻す。俺はそのとき初めて、自分のペニスがずっと勃起しっぱなしだったことに気づいた。
翌朝、6時過ぎに俺は目が覚めた。ケンジはまだ眠っている。俺とは反対側に顔を向け、横向きに眠っていた。いびきは収まり、寝息も聴こえない。夜中の俺の行為を非難して、壁ぎわに逃げているようにも見える。カーテンの隙間からは、なんとなく白んだ朝の光が漏れていた。俺は自分のしたことを考える。俺はまだいろいろなものを受け入れなくてはいけないのだろう。そんなことをしているうちに、ケンジがかなり頻繁に寝返りを打ち始めた。そろそろ起きるときだ。俺は自分の布団をはねのけて、カーテンを開ける。だいぶ明るい。今日は晴れそうだ。窓を開けて、空気を入れ替える。高校生とはいえ立派な男が二人もいれば、空気だって悪くなる。
「ケンジ?」いつも通りのように声をかける。
「…うん…?」大丈夫。不審な気配はない。
「何時に家出る?」土曜日だから学校はないけれど、学校だけが用事じゃない。
「いま何時?」いつもの声だ。それは俺を安心させた。
「7時前。大丈夫?」
「サッカーあるから一度家帰る。」
「そっか。サッカー何時から?」
「10時。」
「じゃあそろそろ起きるか。」
「うん。」 いやそうにベッドから体を起こして目をこする。背中をかいて、あくびをする。おっさんくさい。
「お父さんとお母さんは?」ケンジが訊いてくる。
「まだ寝てるよ。土曜は昼まで寝てる。」
ケンジは持ってきたエナメルバッグから歯磨きセットとタオルを取り出して、階段を降りて行った。ケンジが夜のことに気づいていないのを確認できて、俺はやっと安心した。バッグの中を覗いてみると、ゴチャゴチャしていて、携帯の充電器やサッカーのユニフォームが乱雑に入っていた。いかにも家出少年といった感じだ。テレビをつけて、ケンジが戻ってくるのを待つ。
部屋に戻ってきたケンジは、グラスを二つにオレンジジュースのパックと、パンをいくつか抱えて帰ってきた。とても気が利く。
礼を言って、適当に食べる。あまり話さない。誰だって朝から話なんかしたくない。
ケンジは携帯のメールを見ながら何か考えていた。やはり親のことが気になるようだ。
支度を整えて、一緒に家を出る。ケンジも玄関から出る。俺の自転車に乗せ、ケンジの家に向かう。俺はとても体の調子がいい。3時間くらいしか寝ていないのに、まるでケンジよりもずっと寝ていたみたいだ。ケンジはスパイクを忘れて家を出たそうだ。それと風呂にも入りたいらしい。そういう訳で家に帰るらしい。説明するのも面倒くさいから、ファミレスで夜を明かしたことにするらしい。
ケンジが帰ってきて、きっとケンジの親は安心するだろう。俺は適当に挨拶して、別れた。
家に帰ると、さっきまでケンジが寝ていたベッドに入る。ケンジの温もりを探す。枕の匂い、毛布の皺、そこに残るケンジの温もりに抱かれたいと思う。俺は自分がとても疲れていることに気づく。俺はそのまま眠る。