俺に彼女がいないことに対して、基晴が『よかったー』と言った時は、本当に嬉しかった。何が嬉しいのか、そんなことも伝えられないほど、嬉しかった。
体育館という場所の空気が、いつもと全く違く感じられる。甘やかな、心が、ほぉわ〜んってなるような空気だ。ちょっと油断すると、思わず頬が緩みそうになる。
それから、俺らは練習を続けようとしたが、基晴も翔平も動きが鈍って、全然練習にならなかった。いや、一番動きが鈍っていたのは俺だったのだ。目を瞑りながらのドリブルなんて朝飯前だし、フリースローも余裕なくらいなんだ。
だけど、その時の俺は、ドリブルをしようとしても、足が突っ掛えるし、シュートなんて全然入らない。どうしてもこいつらの体に触れる時に意識してしまうのだった。
時計の針は、もう15時を指していた。『そろそろ切り上げようかな』と、内心バクバクしながら思っていた。
「あー全然ダメだ。ちょっと水飲んで来るわ。お前ら二人でやっておけよ」と体育館出口に向かって歩き出そうとした時、
「ぁ、優さん、俺16時から用事があるんで、先帰ります。」と翔平が言った。
「ああ、ok。お疲れさま、基晴はどうすんの?」
「んー、俺は残ります!優さん残ってくれますよね?」
俺はそれに頷いて、翔平またなと答えた。
控えめに答えているが、心の中では『当たり前だバカヤロウ!!』って感じだ。
もう、頬が緩みまくりだっつーの。ポーカーフェイスは難しい。
俺は弾む心をなだめながら水呑場にむかった。
心臓の音が基晴の傍に立つと伝わるんじゃないかと思うくらい高鳴っていた。
心臓の音を『バクバク』なんて表現する人もいるが、その時の俺の心臓はそんなもんじゃなかった。控えめに言って、花火の音を想像してみて欲しい。
水を飲み、体育館に戻ってみると、基晴は体育座りをし組んだ腕に顔を伏せ、一人隅に座っていた。
その姿はせっかく静めたばっかりの猛獣を再び蘇らせるには十分だった。
アソコもそうだが、心臓の音ってもんはどうして思い通りになってくれないのだろう。
俺はあえて声を掛けず近づいた。心臓は、次から次へと花火を打ち上げている。
基晴の隣に座り、声を掛けた。
「どうしたんだ?」
ちょっと声が上ずっていたかもしれないが、そこまで気にする余裕がなかった。
「なんでもないですよ」
顔を少しだけあげて基晴が答えた。
我慢出来なかった。
その上目遣い、誰もいない体育館、好きな奴と二人っきり、それで我慢出来るほど、俺の理性はお高くなかった。
俺の天使は、基晴を求める俺の悪魔によって天に召された。
「基晴ちょっと話あるから来いよ」
俺はそういって、基晴をステージ脇にある部屋に誘った。
基晴は、なんですか?といいながらも素直について来た。
スライド式の重たいドアを開けるとどんよりとした空気が身体を包んだ。
外からは誰も中を見ることが出来ない部屋。入るには、ステージの上からか、このドアからしかない。ほぼ密室状態な部屋。
「優さんなんですかぁ?」
基晴は少し緊張したような、照れているような表情で、下を向きつま先で床を蹴っていた。
俺はドアが完璧に閉まったのを確認し、基晴の手を掴み一気に引き寄せた。
少し抵抗したが、それでも中学生の1歳差というものは大きく、その抵抗は意味をなさなかった。
俺は無言で基晴を壁に押し付け、綺麗な形をした唇に軽いキスをした。
むちゃくちゃ柔らかかった。
中学一年生のときに告白してきた女子とキスくらいはしていたが、その時に覚えた感動なんてもんじゃなかった。比べようがないほど、基晴のソレは柔らかかった。
基晴の背中とうなじに手をやり、より激しく深部を弄るようなキスをしようとした。基晴は一瞬抵抗したが、ようやく抵抗が無意味だと悟ったようだった。
唇を合わせた。舌を入れ、口内の隅々を弄った。縮こまっている舌を絡めとり、吸った。
辺りには厭らしい音が広がっていた。それが俺をもっと欲情させた。
俺は、薄い柔らかな生地の上から、基晴の腰を撫で擦った。
基晴の身体が震え、喘ぎ声に似た吐息を洩らした。
もう、何がなんだかよく覚えていない。文字通り、頭の中が真っ白になったんだ。
左手で服の上から基晴の乳首を撫で、基晴のすべてを吸い出すようなキスを続けた。
とにかく、基晴に夢中で、離したくなくて、、離れるのが怖くて。
もしかしたら基晴は声にならない声で「イヤだ、やめて!!」と言っていたかもしれない。
舌が舌を吸う音、絡み合う音、衣が擦れる音しか頭に残っていないんだ。
耐えられなくなったのか、基晴の足から力が抜け、床に崩れ落ちた。
口を離し、基晴の顔を見て驚いた。綺麗な、美形とも言えるその顔が涙で濡れているのだ。涙で光るその眼で俺を見つめてくる。
俺は戸惑った。俺は、自分の性欲を基晴にぶつけ、基晴を泣かせていた。
『今からでも、冗談だ、遊びだって言ったほうがいいのか?この後俺はどうなるんだ??』
そんなことが俺の脳裏を過ぎった。今更安っぽい理性が戻ってきた。
崩れ去った物は、もう戻らない。今まで積み重ねてきた時間。ソレにより得た先輩としての信用信頼。
もう戻れなかった。戻るほうが怖かったんだ。戻ってしまったら、ここで冗談と言ってしまったら、微かに残っているモノが崩れ落ちるような気がしたんだ。
残っているモノってなんだろう。どこに、何が、残っているのだろうか。