俺は3年になった。
塾もやめて、勉強に身が入らないまま高校最後の夏休みがとくに思い出もなく終わろうとしていた。
この時期にはもう進路についての話も具体的になり、担任との面談で俺はなんとなく、そこそこ名の知れた大学を希望した。
「お前、あの大学はけっこうレベル高いぞ。大丈夫か?」
俺の担任は野球部の顧問もしている。
「あ、はぁ」
俺は弱気な返事をした。
「まぁ、これからの頑張りしだいだな。そういえば、山本もあの大学行くって言ってたぞ。野球部におっただろ?転校してしまったけど…」
俺は顔を上げて、まっすぐに担任を見た。
山本なんて名前を聞くのも久しぶりだったし、それがコウスケのことだったから。
「…まぁアイツは体育学部のほうだけどな。それにしてもホンマにすごい奴だよ。この前野球部で県外の大会行ったら、アイツに会ってな、しっかりチームをまとめとったわ。天性の才能なんだろうな。みんなを惹きつける才能っていうんか。わしも見抜いとったけど…」
コウスケが俺と同じ?
あの大学に行くのか?
「先生、それ本当なんですか?」
俺は担任の目に浮かぶコウスケを見つめて言った。
「ん?もちろん。アイツの才能は初め見たときから…」
「そうじゃなくて、僕と同じ大学を目指してるんですか?山本」
「あ、ああ。あの大学は野球も強いからな。お!そうだそうだ。その時に山本もお前のこと聞いてきたぞ…」
そうか。一緒の大学か。また会えるのか?
ん?コウスケが俺のことを聞いてきた?
「…なんか真剣な顔で、吉田は元気にしてますか?って聞いてきたぞ。だからわしが今担任しとるって…」
コウスケ…
俺のこと覚えてるのか…
心配してくれてるのか?
俺の中で何かがじわりと沁み込んで、締め付ける。
たまらなく会いたくなった。
「…そしたらショートのやつがエラーするわ…」
「先生、俺、じゃなくて、僕、塾あるんでそろそろいいですか?」
俺は担任の返事を待たずに立ち上がった。
「失礼しました」
俺は担任に軽く頭を下げて職員室を出た。
この締め付けを緩めようと、深く息を吸ってみる。
やっぱり締め付けはおさまらない。
しかしそれはだんだんとある希望に変わっていった。
また会えるかもしれないという希望に。