ぼくはそっと更衣室と書かれたドアを開けた。
中は広く、ロッカーで入り組んでいて、男臭く、ガランとしていて誰もいそうにない。
ぼくは奥へ歩いていった。すると、長椅子の上にIが仰向けに寝転んでいた。天井の一点をじっと見つめている。他には誰もいないようだ。
ぼくはどうするべきか迷ったが、声をかけた。
「お疲れさん。もうみんな帰ってたで」
Iはぼくの声に気付いて起き上がり、ぼくに背を向ける。
「ああ、じゅんきか。待たせてて悪かったな。けど先帰っててくれんか?」
Iは静かに答えた。ぼくはIの気持ちを察した。けどほっておけない。
「まだ昼だし、どっか飯食いに行こうや」
「いや、俺腹減ってないから。すまん」
やはり声に力が無い。
ぼくはIの隣に座った。
「なぁ、試合は惜しかったけど、俺的には良い試合だったと思う。マジで感動したし、お前って野球するとめちゃめちゃかっこいいんだなって思った」
そう言って、ぼくはIの顔を横目で見た。するとIの口は腫れていて、唇は少し切れて血がにじんでいる。
「お、おい!その傷、大丈夫か!?」
と言ってすぐにわかった。殴られたんだ。
Iは顔を背ける。
「あ、ああ、これは試合中にちょっとな。大丈夫じゃけぇ」
ぼくは放っておけず、Iの目の前に立った。見ると、Iの目は真っ赤だ。
「お前、ほんとはなんかあったんだろ?なぁ?」
ぼくの言葉がIを追い詰めてしまう。
「なんでもないから。悪いけど帰ってくれ」
Iの声が震える。
「いやだ。約束しただろ?一日中お前を応援するって。お前が泣いてるのに帰れんよ」
「泣いてねぇって!」
「泣いとるよ!殴られたんだろ?負けたのお前のせいにされたんだろ?」
ちがう。こんなことが言いたいんじゃない。追い詰める気なんてないのに、言葉が勝手にこぼれ出る。
「じゅんきが帰らんのなら俺先帰るけぇ」
そう言ってIは立ち上がり、歩き出す。
「待てって!」
ぼくは去ろうとするIの手を掴んだ。
「なんで俺まで避けるんだよ。なぁ?来年頑張ればいいじゃん」
Iが振り返った。目には涙でいっぱいだ。
「俺にはそうできるけど、先輩たちはこれで終わりなんだよ。俺のミスで!」
Iの声はさらに震える。
「それに俺、じゅんきとの約束だって守れてねぇし。最低だよ、俺」
Iは今にも泣き出しそうだ。
「なら、今から守れよ!負けんなよ!負けたからって逃げんな」
ぼくの感情は高ぶる。
Iはうつむいて、黙り込んだ。
ぼくは無意識にIに抱きついた。
「俺さぁ、お前を見ててほんと感動して、うらやましくて、誇りに思った。なのに、こんなお前だと、俺むなしいよ。言ってくれよ。俺、お前を応援しにきたんだよ。力になりたいけぇ。なぁ」
ぼくは強く抱きしめる。Iの肩が震えているのがわかる。
「考えたんだ。あれから。付き合うとか、彼女になるとか、俺にはやっぱりわからんかったけど、でもお前の力にはなりたいって思う。お前がこんなふうに悲しんでるなら、駆けつけるし、なんでもするけん」
ぼくはIの目を見て、微笑んでみせた。そしてぼくはIにキスした。
自分でも自分がこんなことを言っていることに驚く。けどそんなことどうでもいい。
ぼくはそのまま舌を出し、Iの口に無理やり入れ込んだ。
Iは驚いて目を見開いていたが、やがてぼくを受け入れて目を閉じた。
今はぼくがリードしている。ゆっくりと舌を動かし、Iがそれについてくる。
ぼくはIの震えがおさまるまでそのまま続けた。
しばらしてIの震えがおさまった。
ぼくはそっと唇をIから離した。
「とりあえず、どっか食い行こうや。俺腹減ったよ笑”」
ぼくは微笑む。
Iは照れながらうなずいた。
つづく。