「おつかれさまです、お先に失礼します」
「金曜なのに台風とか最悪だなー。お疲れ様ぁ。」
「ありがとうございます、先輩も気をつけください。お疲れ様です。」
「おう、堀川もな」
再び会釈をすると、ジャケットを着てエレベーターへと向かった。
高層ビルから外に出ると、雨は降っていないものの、次第に風が強くなり始め落ち葉が舞っている。
地下通路に入ると風の通り道になっており、外以上に風が強い。歩く人々は皆下を向いていて、その姿が滑稽に思えるくらいだった。
そんな光景を楽しみながら歩いたおかげで、新宿駅まで長く感じる通路もすぐだった。
駅では係員が必死にメガホン片手に、電車が止まる恐れがあることをアナウンスしている。
それを横目に、出発間際の電車に乗り込んだ。帰宅ラッシュの時間は過ぎているが、下り線はやはり混んでいる。
車窓から外を眺める。俺は、この時間が好きだ。何も考えずにただボーっとしながら毎日変わらない景色を見るのが。
どんどん高層ビルから離れて住宅街になる。同じ景色だからこそ、季節の移りかわりがよくわかる。
「まもなく経堂。経堂です〜」
経堂駅。東京農大の一番近い駅。そのためもあって、学生が多く、農大通りと称された商店街は、いつもにぎわっていた。しかし、そんな駅も今日はどことなく人が少なく、足早に帰路を目指しているように思える。
俺も、早く帰宅するべく農大通りとは反対側にある「すずらん通り」へと向かった。こちらの通りは農大通りとはまたガラリと印象がかわり、Barや少々高めの居酒屋があり、農大通りにくらべ非常に静かだ。
就職とともに上京して1年半経つが、お洒落なお店が多く、まだまだ自分には似合わず行けていないが事実だ。
普通に歩けば駅から10分ほどで家に着くし、何より今日は台風が接近していることもあり一刻も早く帰宅すべきであるが、
俺はとある十字路で立ち止まり、細い路地の向こうでひっそり光っている「Coffee けやき」の看板を見つめていた。
(今日、あの人いるかな・・・。)