思い切って、カフェのドアを開ける。
チリンチリン
「いらっしゃいませ、、、あ!」
「こ、こんにちは」
まさか彼が出るとは思っておらず、さらに、あちらが俺に驚いた様子だったため、ぎこちない挨拶になってしまった。
いつものカウンター席に座り、コーヒーを頼むと、彼はテキパキと用意し始めた。
「お待たせしました、どうぞ」
「ありがとうございます」
いつもだったら、マスターが他愛もない話をもちかけたりもしてくれるが、今日はマスターがいないので、そんなこともない。
沈黙が続く。
カフェなので、別に店員と話さなくても何も問題ないが、店内に二人しかいないため、なんとも気まずい雰囲気が流れる。
すると、それを察したのか、青年から声をかけてきた。
「今夜、台風くるみたいですね」
「そ、、そうみたいですね。」
急に声をかけられたことにびっくりしてしまい、うまい返しができなかった。
青年も、俺がつまらない返事をしてしまったがために、それ以上に声をかけることはなさそうだった。
また沈黙が続く。
これ以上、いずらい空気になるのも何なので、意を決して話しかけることにした。
「そういえば、今日はマスターはいないんですか。」
「そうなんです、知人の畑の様子を見に行ってしまって」
「畑、、、?」
「そうです、畑。。。。すみません、しっかり説明しないと意味わかりませんよね。」
そう言って笑うと、なぜマスターがいないのかを丁寧に説明してくれた。
青年は作業をしながらも喋りつづけた。
寡黙なイメージだったが、どうやら、話すのは好きみたいだ。きっと、最初は俺が無愛想だから、話しずらかったのかもしれない。
「へー、それで、ゆうり君は一人で留守番なんだ」
「そうなんですよ。あれ、僕の名前知ってるんですね」
拭いているグラスの動きをとめると、目を丸くして聞いてきた。
「マスターが君の名前呼んでるの覚えててさ、、、ゆうりさんの方がいいかな」
「いや、そんなことないです、むしろ呼び捨てでいいですよ!お兄さんのお名前教えてもらってもいいですか」
「俺は、堀川拓斗。」
「堀川さんですか。改めてよろしくお願いします。僕は、吉原悠吏(よしはらゆうり)です。」
彼は深々と頭を下げると、ニコッと笑った。
笑うとエクボが出て、俺は正直、その笑顔にキュンと来てしまった。
「堀川さんて、ずっと東京なんですか?」
「いや、違うよ。大学は京都で就職でこっちに来たんだよ」
「京都かーーー、うらやましい!!」
悠吏は完全に手を止め、話に入り込んできた。
どうやら、京都が好きで年に一回は必ず行っているらしい。
「僕、いつも宿坊(お寺の宿泊施設)に泊まって、チャリ借りていろんなところ行ってるんでよ!」
身長は180センチくらいあるのに、まるで子犬のような目をして楽しそうに話しかけてくるギャップに、少々戸惑いながら話しをしていた。
それにあちらも気づいたのか
「あ、、、すみません。なんか僕ばっかしゃべってますね。」
「全然気にしないで。なんか悠吏君てさ、、、」
「え、なんですか」
「いや、想像と違ったなって。良い意味で。」
「なんすか、それ。褒められてるように、あんま思えないんですけど」
膨れた仕草をするものの、それも可愛くみえてしまった。
悠吏は顔も整っているし、スポーツマンらしい体つきで肌も焼けており、身長も高いので一般的にモテるタイプだ。
話していると子犬のようになついてくるイメージでかわいい。
だが、正直、俺の恋愛のタイプではない。
俺は、昔から年上が好きだ。自分から率先して甘えるほうではなかったが、年上のもっている抱擁感に浸りたくて、しっかりした人に惚れることが多かった。
しかし、悠吏と話していると、恋愛のタイプも年を重ねるとかわるもんだなと、考えさせられる。それくらい、悠吏のことが可愛く思えてきていた。
そんなことを考えながら悠吏と話していると、店内の黒電話がなった。
悠吏は、その重そうな受話器をとると
「はい、カフェけやきです。あ。店長。無事でよかったです。終わったんですか。。。。はい、、、、ええ、はい、一人いますけど、、、はい、わかりました。お金は金庫に入れておきます。店長もお気をつけて」
ガチャ。
受話器を下すと、こちらを向き
「堀川さん、店長からで今回の台風ヤバいらしくて、客がいなくなったら、店閉めてひどくなる前に帰るように言われました。」
店長の言葉をそのまま繰り返し、少々相手の失礼にもあたるような発言が悠吏の性格をそのまま表しているようだった。
「あれ、なんで笑ってるんですか」
「いや、ごめん。。。悠吏君て、面白いね。」
耐え切れず、声を出して笑っていた。
しかし、その笑いも消えるぐらい、窓が雨にたたきつけられる音が店内にも広がり始めていた。