「ちょっと、待ってて。バスタオル持ってくるから」
「ありがとうございます。」
脱衣所でびしょ濡れのジャケットを脱ぐと、取り急ぎ、バスタオルだけをつかみ、玄関まで戻った。
「はい、拭いたら上がってきなね。」
彼は、先ほどと同じトーンでありがとうございますとだけ言い、
ワシャワシャと頭を拭き始めた。
それを見届けると、また脱衣所に戻り、着替え始めた。
びしょ濡れのズボンを脱ぐと、グレーのローライズまで雨が浸透しており、色が変わっていた。
仕方なく、下着も含めて全て着替えることにした。
替えの下着を履く際、
「(このパンツ、ずっと前に買ったやつだよな〜)」
と、少しでも何かを期待してる自分に嫌気がさし、スーツごと濡れたものを洗濯機に放り込んだ。
Tシャツ短パンという何ともラフなスタイルで、悠吏のいる玄関に戻ると、玄関にはもう彼の姿はなかった。
ふと、床をみると濡れた足跡がリビングまで続いていた。
俺がリビングに入ってきたことに気づくと、中央で立って周りを眺めてい悠吏がこちらを向き
「堀川さんのマンション広すぎ、、、。堀川さんて、なんの仕事してるんですか?」
「秘密。そんなところで、突っ立てないでソファーにかけな。」
「いえ、座るとソファー濡らしちゃいますよ。」
スーツを着ていた俺でさえ下着までびしょびしょだったので、
黒のポロシャツと淡いデニムしか履いていない悠吏は、間違いなく下着含めて濡れているはずだった。
「ごめん、気づかなかった!着替え用意するから、シャワー浴びてきな。」
「いや、でも悪いですよ。押しかけてきたのに、シャワーまで借りるの。。。僕、このままでも大丈夫っす。ずっと立ってますから!」
「なに言ってるんだよ。風邪ひかれても困るから。ほら」
半ば、強制的に脱衣所まで促し、
「後で、着替え持ってくるからごゆっくり。」
そういうと、脱衣所のドアを閉めた。
リビングに戻ると、お湯を沸かし、紅茶の茶葉を用意し始めた。
冷蔵庫を開けると、大したものは入っておらず、先日結婚式の引き出物でもらったバームクーヘンを切り始めた。
「こういうのって、いっつも一人じゃ食べきれないんだよな。無駄にならなくてよかった」
と、誰にいうわけでもなく、自然と独り言を言っていた。
この一年、親しかった友人や兄弟の結婚式に呼ばれることが一気に増えた気がする。
どれも同じような構成だけれども、やはり毎回新郎新婦からは感動をもらう。
しかし、それと同時に虚しさも感じてしまう。
自分は幸せになれるのか。
10年後、いったいどんな生活をおくっているのか。。。。
そんなことをまた考えていると、ヤカンから高々と湯が沸いたことを知らせる音が聞こえた。
我に返り、そろそろ悠吏もシャワーから出るかもしれないと、寝室から大き目のTシャツとスウェット。
そして、あまり使っていないシンプルなパンツを用意し、脱衣所に向かった。
脱衣所のドアをノックしても、返事がないため、ドアに耳を近づけるとシャワーと音が聞こえた。
まだ入っているか。。。
こっそり着替えだけ置いておこうと脱衣所に入ると、同じタイミングで風呂場のドアも開き、濡れた体で悠吏も出てきた。
「シャワー、ありがとうございました。お風呂場もホントに広いっすね〜」
と、何も隠すことなく近くにあったバスタオルで体を拭き始めた。
「き、着替え。置いとくね。」
と、目のやり場に困りながら、そばに置こうとすると、悠吏が一歩近くにより戸棚に置こうとする俺から、着替えを奪い取った。
俺と彼の距離は、30センチもなかった。
「何から何まですみません。しかも、パンツまで」
と、裸のまま着替えを抱え俺に言う。
俺はすぐにドアに振り返ると、悠吏を見ないまま
「一応、一回も履いてない新品だから。」
と嘘をついた。
それを聞くと、悠吏は間髪入れず
「えー、俺堀川さんの普段履いてるやつで良かったのに。」
と、にやけながらからかってきたので、
「それは、俺が勘弁!」
と、精一杯の返しをして脱衣所から出た。
リビングに戻ると、エアコンの風量を「強」にし、火照った体を冷ました。
「困ったな。。。」
窓の外を見ると、バルコニーにおいてある鉄製の椅子が強風にあおられ、
ガタガタと揺れており、何か自分の心を表しているように見えた。