「ちょっと、トイレ〜」
とフラフラした足取りでトイレにいった悠吏が、かれこれ10分以上戻ってこないので、さすがに心配になってトイレのほうにいくと、トイレの対面にある寝室のドアが少し開いていて、そこから光が漏れていた。
寝室に入ると、そこには立ったままの悠吏が、ある一点をずっと見つめていた。
「ねえ、これ何」
その視界の先には、壁一面に貼られた世界各国の写真があった。100枚以上ある写真は、白い壁一面を埋め尽くしていた。
「あー、これ。
俺、大学生のころ、一眼レフもって海外旅行するのが好きで、長期休みの度にバイト代費やして、いろんな国いってたんだよ。その写真。」
「すごい、こんなに、いろんなところの写真。いったい何か国まわったの」
「国でいうと、30は周ったかな〜。
悠吏と違って、俺は文系だったし、お金はなかったけど時間はあったからね。」
「いや、それでもすごいよ。こんな趣味持ってたんだ。感動した。。。」
「なんか、照れるなぁ」
ふと、悠吏がある写真に目をとめた。
「この写真に拓斗と一緒に写ってる人は誰?」
建物や街並み、山や海の写真のなかで、唯一、人が写っている写真を、悠吏が聞いてきた。
「え、、、あ、、それは、一緒に旅した友達」
「ふーん、ここどこなの」
「そこは、北パキスタンにあるフンザってとこだよ。」
「すごい、景色だね。
、、、なんていうか、風の谷のナウシカの世界みたい」
「よくわかったね。風の谷のナウシカは、ここをモチーフにしてるって聞いたことある」
「へー、そうなんだ。」
フンザ。
パキスタンの北西部に位置する絶景の山岳地帯。
俺はそこに【あの人】と一緒に一か月近く旅をした。
その旅で、唯一、二人で撮った写真。
忘れたくても忘れられない俺の過去。
それがこの写真に全て詰まっている。
何度も、何度も捨てようと努力したが、できなかった。
捨ててしまうと、記憶もなくなってしまうような気がして。
「さ、もう遅いし、明日、俺も仕事だから、寝よう」
「確かに、もう12時回ってる。」
「寝室にいるから、ちょうどよかったよ」
そういいながら、俺はクローゼットから来客用の布団を出し始めた。
すると、悠吏は慌てて俺のところに近づいてきて
「え、何してるの」
「何してるのって、出してるんだよ、布団。俺、この布団で寝るし、悠吏はベッドで寝ていいよ。」
鼻でベッドに行くよう指示をした。
「ベッド広いし、二人で寝ようよ。」
「いやいや、何言ってんだよ」
「大丈夫だって、俺、寝相良いし」
そういいながら、俺が出そうとしている布団を必死に戻そうとする。
「なに、やってんだよ。布団あんだから、別々に寝る」
俺も必死だった。
一緒になんか寝たら、俺が気が気じゃない。
「大人しくベッドに寝ろ」
俺は無理やり布団を敷くと、悠吏の腰を掴んで、ベッドまで連れていった。
すると、ベッドの前でするりと、反転し、俺の方を向き、逆に俺の腰を掴んだ。
「絶対にダメ?」
上から、悠吏が覗き込む。
腰同士、というより股間同士がくっついている。半ば抱き着かれているのと一緒だった。
「絶対にだめ。」
俺は股間に熱が籠らないようにするのが、精一杯だった。
悠吏は、ずっと俺を見つめていた。そして、俺は、目をそらす。
「分かったよ。
でも、さすがに、家主差し置いてベッドで寝れないから、拓斗がベッドで寝て。
じゃないと、一緒に寝よってまたゴネるよ」
「分かったよ。そうしよう」
俺は、悠吏から離れるとベッドにダイブした。
それを見届けると、悠吏も布団に大人しく入った。
「電気消すよ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
夢をみた。
時々見る、同じ夢。
テントから出ると、そこには青空とともに、山岳が続く。
その前に立っている人物がいる。
こちらに気づき振り返る。
「拓斗、起きたんだ。」
「うん」
すると、そのひとはまた前を向く。
「すごい、きれいな空だな。、、、なあ、拓斗」
「なに」
「国が違くても、見ている空はどこでも一緒んだよね。そう思わない?」
目を覚ます。
いつも同じところで終わる夢。
もう、何度もみてきた。でもここ最近は見ていなかったのに、なぜ。
ふと、目覚まし時計を見ると、7時を回っていた。
(やば、もう起きなきゃ)
と、ベッドから出ようとして気が付いた。
俺の胸に、俺じゃない腕がのっている。
右を向くと、すぐそばに悠吏が、こちらを向きながら寝ていた。
「おい!なにやってるんだよ!」
悠吏の腕をどかすと、むにゃむにゃと悠吏が起きた。
「おはよ」
「いや、おはよじゃなくて、なんでベッドにいるんだよ」
「え。あー。なんか夜中に悠吏がうなされてたから、落ち着かせるために、一緒に寝たんだよ。なんか怖い夢でもみた?」
「、、、みてないし。」
俺は、ベッドから立ち上がると、急いで洗面所に顔を洗いにいった。