あっという間にビールが空いてしまった。
さっきまで、他愛もない話で盛り上がっていたのに、
ビールが空くと急に会話がなくなってしまった。
何を話そうかと迷いながら、悠吏のほうにこっそりと視線を向けると、
悠吏は夜空をずっと見つめた。
「そんなに、満月が気になるの?」
冗談まじりで言ったつもりなのに、
悠吏は満月を見つめたまま微動だにせず
「いや、、、、こんな大都会、東京のど真ん中で、こんなにきれいな満月見れるなんて不思議だなって。
俺の地元、小さいころ見ていたのと変わらない満月。
なんていうか、、、、
住んでいるところは違っていても、空は一緒。つながってるんだな~って。」
(国が違くても、見ている空はどこでも一緒んだよね。そう思わない?)
パキスタンでの彼の姿が走馬灯のように蘇る。
悠吏の顔が彼の顔と重なる。
「たいき、、、」
「拓斗?どうした?」
瞳をクリクリさせながら問いかける悠吏に呼び戻され、ハッと我に返った。
「あ!ごめんごめん。なんかボーっとしちゃってさ。」
「たいきって誰?」
「あ~、えっと、、、先輩の名前。急に仕事思い出しちゃって。
飲みが足りないな~。
なんか冷えてきたし、店いかない?」
「ならいいけど、、、。疲れてるのかもね。
そだね、なんか冷えてきたし、中で飲もう!
お店、どうする?」
「予約していたお店にさっき電話したら22時以降だったら空いてるって。」
「なら、良かった。
じゃあ、ご案内頼みます、ミスター拓斗!」
そういうと、悠吏は俺の前で跪き、まるでお姫様を迎える王子のように手を差し伸ばしてきた。
「もちろん。」
悠吏の手に触れ、立ち上がった。
サザンテラスのイルミネーションを横目に、高島屋の一階まで降りると、高島屋の裏手の路地に入った。
「こんなとこにお店あんの?」
確かにこの辺はレストランどころかコンビニすらない。
心配する悠吏に大丈夫だからと言い聞かせ、目的の場所にたどり着いた。
「こちらです!悠吏王子!!」
「おお~、すげ~隠れ家感ある。」
西洋風の建物に原型が確認できないほど蔦が巻き付いている。
入り口には、コックの格好をした豚の置物が『モルサ』という看板を持って、出迎えている。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました、堀川さん。」
「お久しぶりです、シェフ。遅くなってしまい、申し訳ありません」
案内されたテーブルにかけると、わざわざ挨拶にきてくれたシェフに頭を下げた。
店内は、数席のカウンターと、4人席の丸テーブルが4つ。
そして店内のいたるところにロウソクがともされており、置かれたアンティークのマリオネットの表情がゆらゆらと笑っているように見える。
レストランがあること自体が珍しいこのエリアで、
夫婦でひっそりと営んでいるフランス料理店『モルサ』。
「拓斗、ここのお店よく来るの?」
「うん、昔はよく通っていたんだけど、来るの久しぶりかな。」
「すごくオシャレだね。。。。」
「あ、今。高い店なんじゃないか焦ってるだろ」
「なんで、わかるの?」
身を乗り出し、小声で返してくる姿を見ると、本当に焦ってるようだ。
「大丈夫だよ。俺が来るくらいだからそんなに高くないよ。
でも、とびっきりおいしい!」
「なら、よかった~。ほら、俺まだ学生の分際だからさ~」
安堵し、水を一気に飲み干す悠吏をみて、笑ってしまった。
「ここ、特に白レバーがすごくおいしいから。」
「白ればーー!!??」
「ごめん、嫌いだった?」
「いや、めっちゃ好き。パテに塗りたくって食べるの超好き!!」
「じゃあ、それ頼みますか!ワインは、、、せーーの」
「白!!」
「白!!」
ふと人の気配を感じ、後ろを向くとウェイトレスの奥さんが笑いをこらえられず、
クスクス笑っていた。視線にきづくと
「ごめんなさい、お二人のやり取りが面白くて。。。」
「すみません、うるさくしちゃって」
「いえ、堀川さんのこんなにもひょうきんな姿見るの初めてだったもので。」
笑うとエクボが出る非常に愛嬌のあるシェフの奥さんは、笑いながらそう言った。
それ聞いた悠吏はつかさず
「堀川さん、いつもはどんな感じなんですか?」
と質問をした。
「おい、変なこと聞くなよ」
「いいじゃん。俺の前じゃ見せない拓斗、気になるもん。」
奥さんはまた、笑いながら
「そうね~。非常に大人っぽくて寡黙なイメージですよ」
「え~~~、めっちゃ意外!」
俺は赤面しながら
「いいだろ!おれだって静かにしないといけない相手がいるんだよ。お前とちがって。
えっと、白レバーと白のボトル、なんでもいいのでお勧めください!!」
早くこの話を終わらすので必死で会った。
チョイスする店をミスったかもしれないなと後悔したのは一瞬だけであり、
その後は、おいしい料理とそれをペロリとたいあげる拓斗の笑顔でワインが進んだ。
気づくと、
オシャレすぎていったい今が何時なのか分かりずらい掛け時計が
23時半を示していた。
「もうこんな時間か~。そろそろ出る?」
「うん、そうだね!めっちゃおいしかったよ。ワインもかなり進んだね」
テーブルを見ると、空になった白ワインのボトルが2本、ロウソクに照らされていた。
会計を察した奥さんが、水と伝票も持ってきてくれた。
店内は、もう俺らしかいない。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。」
「とんでもない。お仕事忙しいと思うけど、前みたいに顔出してね!」
「はい。また来ます」
「絶対!!」
と、鼻息荒く悠吏も重ねてきた。
奥さんはまた笑うと、思い出したように
「そうそう、この前、遠坂さんも久しぶりに来てくれたのよ」
俺は、飲んいる水を吐き出しそうになった。
「え!たいきが??」
あまりにも驚き、水が肺に入りむせてしまった。
つかさず悠吏が
「ちょ、大丈夫?」
と、おしぼりを渡してきた。
「ゴホっ、だ、大丈夫。ありがと。
それで、いつ来たんですか、たいき、、、遠坂は?」
奥さんは少し戸惑いながら、
「確か、先週よ。ねえ、あなた?」
奥から片づけをしていたシェフが出てきた。
「そう、先週。どうやら、先週日本に帰ってきたらしいよ。
空港から、そのままうちに寄ってくれたみたいで。
堀川さんのこと、気にしていたよ。元気か?って。
うちにも最近来てないって返したけどさ。
堀川さん、連絡いってない?」
「あ、、、はい、来てないですね。」
俺は頭が真っ白になった。
遠くで悠吏が何か俺に聞いているが、何も聞こえない。。。。
俺の前には、ただパキスタンで彼とで見た青空が広がっていた。