〜まもなく京都、京都でございます〜
車内にアナウンスが流れ、俺はそっと目を閉じた。
「せっかくなら京都に寄りたかったですね、大前さん」
通路側の席に座っている部下である新人社員の小東智子(こひがし ともこ)が話しかけてきた。
さっきまで寝ていたのか、ちょうどよくこのアナウンスで起きたらしく、身をのりだし俺を押し切ると窓から京都駅のホームを覗き込む。
新人にしては肝が据わっており、良い意味でたくましい後輩が下についてくれた。
「なつかしいな、、、。」
「そっか、大前さんて大学が京都だったんですよね。うらやましいな〜。
どうでした、京都での大学生活。」
「楽しかったよ、いろんな思い出があるけど。」
「なんかすごい気になるんですけど〜。今度教えてくださいよ。」
それ以上きかない小東の態度に改めて空気が読める奴だと感心する。
4年間、大学生活をおくった京都。
楽しかったことも、悲しかったことも全てここにつまっている。
特に就職が決まった4回生の夏に、試験勉強のために通っていた大学院の図書館で、院生であった2つ上の滝本孝太さんに一目ぼれし、ひょんなことから仲良くなり、
そして恋に落ちた。
俺が就職で東京にいったことで遠距離恋愛になったが、お互い東京にいったり京都にいったりとそれなりに楽しく恋人関係を続けていた。
しかし、東京にきて1年が過ぎたころ孝太さんが一回目の司法試験に失敗した。
運悪く仕事の繁忙期の重なってしまい、落ち込んでいる孝太さんを支えてあげられなかった。
それがきっかけに徐々に溝ができてしまい、
孝太さんから
「昇、別れてほしい。」
と一言だけ告げられた。
俺は別れたくなかったが、孝太さんを説得することができず、
結局きれいな形で別れることはできなかった。
だからなのか、今でも思い出してしまうし、
悪いことだと分かっていても孝太さんのことをネットで探してしまったこともある。
しかし、SNSも含め孝太さんの消息がわかる情報を得られなかった。
一度、お酒で酔った勢いでラインを送ったことがあるが、
それも既読になることはなかった。
ふと、窓から京都駅の改札を見る。
遠距離していたとき、
東京に帰る際はいつもホームまで見送っていてくれた孝太さんの姿がぼやけて見える。
新幹線が発車すると、ずっと手を振っていてくれた。
周りの人もいるから少し恥ずかしかったが、
嬉しかった。
俺は一度、頭をふるとブリーフケースのなかからノートPCを出した。
「小東、最後にもう一度プレゼンの確認しよう。」
「またですか。すぐに大阪つきますよ」
「念には念を!」
「分かりました、この勝負、絶対に負けられませんもんね!」
俺らは大阪に到着するまで、何百回も修正したスライドを確認しはじめた。
新大阪につくと在来線にのりかえ天満橋にたどりつく。
ここは、東京でいう丸の内のようなビジネス街である。
ビル風が強く、小東も俺も下を向きながら風に向かって歩き、ようやく目的のビルについた。
総合で受付にいくと40階のオフィスまでいくよう案内され、
小東とともに高層エレベーターに乗り込んだ。
「あ、、、大前さん、髪に落ち葉ついてる。」
小東の華奢な右手が俺の頭についている落ち葉を丁寧にはじく。
彼女がいつもつけているDavid Offの香水がふわっと漂う。
「あれ、小東。前髪切った?」
「え、気づきました?
誰に言われなかったのに。
さすがですね、大前さん。
ちょっと自分で切ったんですよ。。。変ですかね」
と、右手を前髪にあてがい上目で確認する。
「そんなことないよ、似合ってるよ。器用だな、小東は。」
「もー、そんなこと言って。後輩まで誑かすのやめてくださいよ」
「どういう意味だよ。」
「そういう意味です。
松田さんに聞きましたよ、大前さん、今までいろんな女性社員を勘違いさせてきたって。お前も気をつけろよって。」
「あのバカ、変な事を。」
ゲイの人は感性が女性的と言われているが、自分もこういうところなのかもしれない。
新しいバッグ・靴、髪型やネイルの変化、なんとなく気づいてしまい男女問わずにそれを指摘してしまう。
相手も喜んでくれるので、特に女性は。
良かれと思って声をかけていたが、同僚の松田いわく
「それは勘違いさせるもと。私に気があるんだと思っちゃうよ。
普通の男は気にしている女性じゃないと、そんな変化気づかないし、気づいたとしても言葉には出さない。
さらに言うと、お前が出先帰りに買ってくるお菓子は毎回オシャレなんだよ。
お前のお土産楽しみにしてるファンが多いんだとよ。
全くどこまでもあざとい男だよ。」と散々の言われようである。
「でも、勘違いしてきた女性社員の気持ち、なんとなくわかります。」
「え」
「悪口です」
上目使いで俺を覗き、すぐにドアに視線をそらした。
どんな大事な会議でも堂々としていて『緊張』という概念が存在しない、そんな彼女の頬が赤くなっている気がした。
何か言い返そうと思ったと同時に目的の40階にエレベーターがついた。
ドアが開くとそこにはクライアントの担当者が立っていた。
「ようこそお越しいただきました。はるばる東京から本当にありがとうございます。」
「とんでもありません、この度は貴重な機会を設けていただきありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします。」
事務的な会話をすますと、さっそく会議室に招かれ、助役たちの前でプロジェクターにスライドを写しプレゼンを行った。
スライドの操作は小東に任せており、何度も二人で会議室にこもって練習をしたかいもあり、
途中でクライアントから質問がでても、俺の回答にあわせスライドを該当のものに的確に切り替えるなど、息はピッタリであった。
質疑応答も入れて1時間半ほどのプレゼンは無事に終了し、
新たな商品を契約してくれることで話がまとまった。
帰りの支度をしていると、担当者から良かったら会社を紹介させてほしいと言われ、会社案内をしてもらうことになった。
「なんか、就活生になった気分だな。」
「ちょっと、大前さん失礼ですよ。」
担当者の後につきながら言うと、小東に小声で怒られた。
「こちらが、総務部になっております。」
「随分と人がいらっしゃいますね」
「はい、人事から調達・企画まである部署でして、大所帯になっております。」
そうなんですかーと、当たり障りのない返答をし、近くにいる社員に会釈をした。
いくつかのセクションを案内され、
「最後に、こちらが当社のリーガル部門になります。」
やっとこれでお辞儀地獄も終わると、
特に社員の顔をみずに会釈した。
ふと、6席あるデスクの一人に目が留まり、俺は固まった。
後姿であるが、一瞬で分かった。
「ちょ、ちょっと、大前さん!」
小東の声もきかずに、自然と足がその人のデスクに向かう。
その人の真後ろにつく。
肩に手をかけて確認しようと思うが、なかなか手が出ない。
そうしているうちに、背後の気配に気づいたのが、その人が振り向いた。
「僕に御用ですか、、の、のぼる!!」
「孝太さん、、、、、、、」
二人のなかで時間が止まる。
何も変わらない孝太さんの綺麗な瞳を、ただただ見つめる。
すかさず、横に小東がよってきて、固まっている俺に声をかけた。
「お知合いですか、大前さん。」
「え、、、、あ、うん。えっと、、」
「大学の先輩・後輩です。久しぶりだね、元気だった?」
「あ、はい、、、元気だったかな。」
すると、孝太さんはくすっと昔と変わらない笑みをした。
「こ、、こちらで、働いてたんですね、孝太さん。」
「うん、司法試験受かって、この会社の法務担当でお世話になっているんだよ。」
「司法試験なんて、すごいですね。大前さんにも、こんな立派な先輩いらっしゃったんですね。」
と、明らかに俺の様子がおかしいのに気づいた小東が場の空気を和ませようと、
精一杯のフォローをする。
ふと、孝太さんの左手の薬指に光るものがついているのに気づいた。
「ご結婚されたんですか。」
「あ、そうなんだ。」
と、右手で指輪を触り、俺から視線をそらす。
「いつ、、、いつですか。」
「去年だよ。先月、子供も生まれたんだ。男の子。」
「それはおめでとうございます、お名前はなんて言うんですか」
すかさず、小東が茫然としている俺の隣で質問をする。
孝太さんは少し考えると、思い切ったように話した。
「しょうごって言います。日が昇るに、五口と書いて『昇吾』です。」
「え、、、。」
「あら、大前さんの名前と同じ漢字じゃないですか。」
「ほんとだ、気づかなかったな。奇遇ですね。」
小東にそういうものの、こちらに目配せをする孝太さん。
俺のなかで、
悲しいんだか
嬉しいんだか
悔しいんだか
よくわからない気持ちがぐるぐる回っており、
急に吐き気を催し、口に手をやった。
「昇、顔色悪いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫です。
プレゼン終わって気が抜けてしまったみたいで。
担当者の方が待ってるんで、僕ら行きますね。」
「え、もういいんですか。」
と小東が確認する。
「そっか、じゃあ気を付けて。」
「はい。」
何か言いたいが、今の感情じゃとてもじゃないが空回りしてしまう。
しかし、
担当者のいるところに戻らないといけないのに、足が動かない。
孝太さんも何か言おうとしているが、
俺と一緒で言葉を選んでいるようだった。
このなんとも言えない微妙な空気に小東が感づいたのか、
立ち去ることができない俺に
「大前さん、お名刺お渡ししたらどうですか。」
と話しかけた。
「こんなところでお会いできたのも何かのご縁ですし、せっかくですから。」
「あ、そうだな。」
名刺入れを探そうとバッグをごそごそとすると、小東が俺の名刺をすっと、俺に渡した。
自分の名刺のほかに、俺の名刺も常に持ち歩いと言っていたのを思い出し、小東に心の中で感謝した。
「孝太さん、どうぞ。」
「ありがとう。これは俺の名刺。
また、落ち着いたら連絡するね。」
「わかりました。それでは、失礼します。
お体には気を付けてください。」
「、、、、昇もね」
その場を後にした。
一度、孝太さんのほうを振り向くと、
孝太さんはこちらに背をむけ、仕事をしていた。
帰りの新幹線、大阪から東京までの道のりが本当にあっという間だった。
小東は、明らかに態度がおかしかった孝太さんとの再会について何も聞かず、
ひたすらノートPCで今日の議事録を作っていた。
まもなく東京駅につこうとしたころ、
隣でバシッとPCを閉じる音が聞こえ、ビックリし小東のほうを向く。
「大前さん、東京駅の地下にエビスビールの直営店あるらしいんですけど、
一杯飲んでいきませんか?!」
きりっとした顔で俺の方を見つめる。
つくづく良い後輩をもったと、改めて感じた。
「よし!!商談もうまくいったし、驕りだ!ぱーーっとやるか!!」
「やったー!高いビールしこたま飲もっと。」
「おい。笑」
お互いに笑いながらホームに降り立つと、クライアントの役員の容姿をネタにしながら軽やかに改札に向かった。