翌朝、9時。
俺はチャリを走らせ、今日も図書館へと向かった。
京都は盆地のため、夏が本当に暑く、それでいて、冬は劇的に寒い。
でも、俺はそんな気候が好きだ。四季を感じることができるし、本当に日本で育って良かったと思う。
今日も、そんな事を思いながら図書館へと向かっている。
昨晩、「滝本孝太」さん(漢字を聞いた)と一緒に帰った。
たかが10分程度であったが、いろんな話を聞くことができた。
滝本さんは、
地方出身で、京都は大学から来ているということ。
法学部出身ではなく経済学部出身で、今は法科大学院の未修者コース2年生で、毎日予習と復習、そして自習に追われていること。
弁護士を目指したのはドラマの「離婚弁護士」を見て憧れたからなど(笑)
俺の存在は一週間前から気づいていたらしく、
「毎日、朝から晩まで机にしがみ付いて、俺も見習わなきゃって思ってたよ」
と言われた。
そりゃあ、向かいの席に座ってたら気づくに決まっているし、あなたのほうが勉強していたはずだ。
そして、
最後に別れるときに
「俺でわかることなら、民法とか教えてあげるし、いつでも声かけてな。」
と微笑みながら言われた。
俺は、本日何回目かの赤面をした。
昨日わかったこと。
それは、滝本さんは一言で例えると「気さくな人」であるということだ。
自分の想像してた、いや、妄想してた人物とは少し違ったが、とても親しみやすい人柄であることが分かった。
年の近い優しい兄ちゃん!!って感じだ。まあ実際、年も2つしか違わない。
そして、大問題は、昨日の一件で、彼をより好きになってしまったことだ。
図書館へつくと、一目散に滝本さんのところへ向かった。
今日も朝からテキストと睨めっこしている。よくもまあ、感心する。
肩を叩いて、小声であいさつをした。
「昨日は、どうもありがとうございました。これ良かったら飲んでください。」
と、栄養剤を渡してた。
「あ〜〜。ありがとう。気を使わせちゃって悪いな。」
と、同じく小さいトーンで言われた。
俺は会釈した後、今日は滝本さんの向かいの席ではなく、少し離れた滝本さんを見れない席に座って勉強をし始めた。
なぜか向かいに座るのがきまずく、視界に滝本さんが入ると本当に勉強が手につかなくなりそうだったため、席を変えた。
12:30
そろそろ上の売店で、ご飯でも食べに行こうかと考えながら民法の論述をしていると
「へー、意外に達筆な字を書くんだね」
と、耳に囁かれた感じがした。
横を向くと、ホントに、数センチ隣に滝本さんの顔があった。
囁かれた感じではなく、リアルに耳元で囁かれたのだ。
「っ!!!ビックリしましたよ。なんすか?!」
と、顔から距離を離した。
すると滝本さんは、隣の席に座り、軽く上目づかいでこちらを見て
「大前君、ご飯食べた??」
と聞いてきた。
(そんな顔でこっちを見るな〜〜)
俺は、自分の心臓の鼓動が滝本さんに聞こえてないか、むしろ、図書館に響いてないか心配しながら答えた。
「まだです。」
「じゃあ、一緒に食堂行こうか。」
「はい。」
俺は、促されるままについていくことにした。
院生専用の食堂のため、すこし視線が辛いが、そんなことより、滝本さんと至近距離でご飯を一緒に食べていることの方が辛い。
「いや〜〜、俺、いつも大抵一人で飯食ってるから、連れがほしくてさ。昨日ケース拾ってあげた借りってことで、大前君が試験終わるまで、付き合ってもらっていいかな?」
ご飯を口にモグモグしながら、俺に話しかけてくる。
「いえ、俺もいっつも一人で売店で買って食べてたんで、助かりますよ。」
俺らは、たわいもない話をしながら食事をした後、
「勉強見てあげるよ」
と言われて、そこから1時間ほど民法を教えてもらった。
滝本さんの教え方は、本当にうまい。
ルーズリーフに図を書きながら、分かりやすく説明してくれる。
本人曰く「俺も、ここ苦手だったし、大前君の分からないところは俺が昔分からなかったところだから、教えやすいよ!」だそうだ。
本当に教え方が上手いので、この人は弁護士になるよりも教授とか予備校の先生になった方がいいんじゃないかと思ったが、流石に口にはしなかった。
図書館に戻ったら、2時になっていて、自分の時間をさいて教えてくれた滝本さんに申し訳ない気持ちになった。と同時に、かまってくれたことが本当にうれしかった。
トイレに行って、席に戻ると机の上に見知らぬルーズリーフが一枚置いてあった。
見ると
≪夕飯は7時に行こう!それまで、お互い、がんばろう。≫
ちょっと待て、こんなことされたら誰だって良い気になるし、ましてや好きな人にやられたら勘違いも度を越してしまう・・・。
そんなこんなで、まったく勉強に身が入らないまま7時が訪れた。
「さ、飯いこっか!!」
「はい。。。」
本当に居たたまれない。
食後、
滝本さんが奢ってくれた杏仁豆腐を食べていると
「どうした、大前君。口数少ないけど、元気ないの?」
と聞いてきた。
「いえ、あの、さっき滝本さんに申し訳ないことしたなって・・・。」
滝本さんは不思議そうな顔をして
「え?なにが?」
と言ってきた。
俺は正直に言うことにした。
「いや、その。さっきは勉強教えてもって本当に助かりましたし、ご飯も一緒に食べれて楽しかったんですけど、滝本さんの貴重な時間さいちゃって申し訳なかったと・・・。」
すると、滝本さんは 隣の隣の隣にも聞こえるくらいの声で
「そんなことないから!!!」
と一言、目を充血させて言ってきた。
俺は、初めて見る滝本さんのその表情と声にびっくりしてしまって、スプーンをくわえたまま固まってしまった。
滝本さんも自分の発した声に驚き、そして、周りを確認しながらトーンを落とし、
「そんなことないから。俺は大前君のことを・・・その、弟みたいに可愛がっているつもりだから、俺の好きでやってるから、大前君は気にすんなよ。」
俺は、とてもうれしくなってしまい
「ありがとうございます!!じゃあ、今度から孝太兄ちゃんって呼ばないといけないっすね(笑)」
と冗談交じりで言ったら、滝本さんは
「そうだな!!」
と、歯を見せてと笑ってくれた。
昼飯を一緒に食べた後、一時間勉強を見てもらい、夕飯を一緒に食べる。
閉館後は、滝本さんは自習室に行ってしまうので、一人で帰る。
という、俺から言わせれば至福の時が3日間続いた。
3日間でお互いの仲も深まり、といっても、毎回大学やサークルの話をしたりしてるだけのたわいもない話だが
滝本さんの希望で、お互いの事を「孝太さん」と「昇(俺の下の名前」)」と呼ぶようになるまでなった。
そして、4日目、俺らの関係にとうとう転機が起こる。