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けやき物語22 大前昇の場合7
 you  - 18/1/2(火) 22:10 -
楽しい時間はあっという間にすぎるもので、特に込み入った話をするわけでもなく、他愛もない話で1時間半がたっていた。

「食べましたね〜」

「うん、お腹いっぱいだよ。どうする、デザート頼む?」

「頼みます!アイス食べたい!!」
付き合っていたこともあり、ところどころで甘えた発言をしてしまい、その都度後悔する。

「じゃあ、このラフランスのシャーベット頼もうか。」
「お願いします。俺、ちょっとお手洗いいってきますね。」
「うん、言っておいで。」


男子トイレにつき、用をたすと、洗面台で誰もいないことを確認し、バシャバシャと顔を洗った。
今日はしっかりと持ってきているハンカチで顔を拭く。
鏡に写る顔を見つめると、そこには顔がほんのり赤く、確実に孝太さんを意識しまっている自分がいた。

話せば話すほど付き合っていたころの事を思い出してしまい、まだ好きなんだなと改めて感じる。

「絶対に泊まっちゃダメですからね。」
と、拓斗の声が聞こえた気がした。

「ごめん、拓斗、、、」
別れて結婚をした相手にこんな想いをするのは間違っていると心では重々分かっているが、
二人きりで食事に誘てくれた、しかも結婚指輪を外している、、、、期待せずにはいられない状況であることは確か。
「これじゃあ、ただの不倫だよな」
また心の声が漏れてしまう。
そう、こんなのうまくいきっこない。今夜セックスできたとしても、その先にあるのは明るい未来ではない、絶対に。
そもそも、自分はいったい孝太さんと何がしたいのか。
友達でもいいから仲良くしたいのか、セックスがしたいのか、家庭を壊してまでまた付き合いたいのか。


正直、わからない。


孝太さんと別れてから、何度も何度も孝太さんのことを思い出した。
今思えば、当時の思い出に浸っていただけで何も成長してこれなかった。
逆に、今が前に向くいいチャンスなのかもしれない。

席に戻ると、デザートのシャーベットを口に付けずに孝太さんが待っていた。
「大丈夫?遅かったけど。」
「すみません、ちょっと酔いすぎちゃったのかな。シャーベット少し溶けちゃいましたね、食べましょう」
「うん、いただこう。」


シャーベットを二人でつついていると、孝太さんのスマホが鳴った。
画面を見ると、スマホをひっくり返しテーブルに置いた。


「孝太さん、電話でなくていいんですか。」

「あ、うん。大丈夫だよ。」

それでもバイブレーションが小刻みに震え続ける。
「奥さんじゃないんですか。」


「さすがだね。ごめん、ちょっと出てくるね。」
「もちろんです、待ってます。」

今度はスマホ片手に孝太さんがトイレへと向かった。
溶けたシャーベットを見つめながら、さっきトイレで考えたことがまた渦を巻いてきた。


隣のテーブルに視線を移すと、俺よりも少し上の夫婦と5歳くらいの子供が三人で団らんをしていた。
「かなちゃん、ケーキ美味しい?」
「うん!!パパも食べる?」
「ありがとう。ほら、口元にクリームがついてるよ。」
ケーキが刺さったフォークを娘に差し出され、それを口にふくみながら娘の口元をハンカチで拭く。まさに、絵にかいたような家族。

大きく深呼吸をすると、再び視線を溶けているシャーベットに移した。
目を瞑り、小さく、本当に小さく、でもはっきりと自分に聞こえるように「よし」と声を出した。

「昇、ごめん。お待たせしちゃって」
と、ちょうどのタイミングで孝太さんが席に戻ってきた。
「大丈夫ですよ。孝太さんのシャーベット溶けちゃいましたけど。」
「あ、ほんとだ。まあ、少し食べれたから良しとしよう。
じゃあ、お会計しようか」
「そうですね!」

いつもの笑顔で言われ、俺もいつもの笑顔を彼に返した。


会計をすますと店を後にして、道玄坂を下りながら渋谷駅を目指す。
腕時計をみると22時になろうとしていた。
「いや〜、今日は久しぶりに昇と飲めて楽しかったよ。」
空を見上げながら、少し赤ら顔の孝太さんが言った。
「ほんとですね、なんか昔を思い出しましたよ」

沈黙が続く、、、。


沈黙が続く二人に孝太さんから切り出した。


「あのさ、今夜マークシティーホテルに泊まっているんだけど、良かったら部屋に来ない?」
立ち止まりはしなかったものの、俺の顔を覗き込んで聞く孝太さんであったが、俺の答えは決まっていた。


「今日は、やめておきます。」


悩むかと思ったが意外とすんなりと答えた。ただ、孝太さんの方を向いて言うことはできなかった。


「明日何か用事あるの。」

「いや、特に予定はないですけど」


「予定がないなら、」
「孝太さん、ちょっといいですか。」
「え」

言い終わらないうちに俺は、孝太さんの腕を掴むと路地に入った。周りを見渡すと、人通りはあるものの渋谷にしては少ない。


「俺、孝太さんに言わなきゃいけないことがあるんです。」
自分でもなんでこんなことしてるか理解できなかったけど、孝太さんの両肩を掴んで必死に問いかけようとしていた。そんな俺を「大丈夫、聞くよ」と言わんばかりに孝太さんは俺の手を握り、優しく目を見つめていた。

「俺、、、孝太さんと再会できてすごくうれしかったし、正直孝太さんの家庭を壊してもいいから、より戻したいと思ってました。でも、孝太さんに幸せになってもらいたいし、俺も幸せになりたい、お互い幸せになりたいと考えたら、、、」
「昇、、、ごめ」
「最後まで言わせてださい!!」
こんなにも孝太さんの言葉を遮ったのは初めてだと思う。
俺は、今度こそ腕を掴まれている孝太さんを真正面から見つめた。


「今まで、本当にありがとうございました。どうぞ、、、お互い幸せになりましょう。」
これが俺の正真正銘の気持であった。


しばらく間があったものの、孝太さんは俺を見つめながら「ありがとう」と一言いうと、俺をギュッと抱きしめた。
俺もそれに応えるように、彼の背中を強く、、強く抱きしめた。


「ホテルまで見送ってくれてありがとう」
マークシティーホテルのロビーで、俺らは素っ気ない「別れ」のあいさつをしていた。
「駅すぐそこですし、、、、」
「本当にありがとう、昇。」
そう言うと、孝太さんは俺の手を両手でそっと握りしめた。
「こちらこそ、『今まで』本当に、本当にありがとうざいました。」
俺はギュッと力強く握りしめ返すと、手をほどきターンして出口を目指した。


3歩くらい歩き立ち止まり、振り返る。
孝太さんはこちらをまっすぐな視線で見つめている。
俺は、最後に深々とお辞儀をして振り返り出口を目指した。


後ろを振り返らず、前だけ見て。


何事もなかったように京王井の頭線に乗り、気づいたら最寄り駅の明大前についていた。
開札を出ると学生が戯れており無性に学生時代の記憶がフラッシュバックする。
なぜか「帰りたくない」という気持ちが脳裏で叫び、改札前のベンチに腰掛けると、視界が悪く、そこで初めて自分が泣いていることに気づいた。

「くそ、、、なんでだよ」

不思議なもので、自分が泣いていると気づくと止まらないもので、俺は改札前のベンチに座り、上を見上げ、満月を見ながら涙を止めようと必死であった。
だがしかし、とめどなく流れる涙は止まる余地をみせなかった。


さすがに、人通りの多いこの駅前でずっと泣いているわけにもいかず、ハンカチを出そうとバッグを探すと、
「なんでこんな日に限って、、、」
いつも入れてあるはずのハンドタオルが入っていなかった。


仕方ないとスーツの袖で拭こうと思った瞬間
「良かったら、これ使ってください」
と、きれいに折りたたまれたハンカチがそこにはあった。
俺は顔をあげ、そのハンカチの持ち主を見て言葉がつまった。
「あ、、、」


そこには、拓斗の元カレ、遠坂大輝がいた。
「よかったら、使ってください。」

彼は涙を流しまくっている俺の顔を見ながら、改めて俺に言葉をかけた。


俺はというと、頭は真っ白だったものの、
なんで「こんな時にかぎって」という場面でこの人はいつもいるのだろうかと不思議でたまらないのと同時に、何か運命を感じてしまっていた。


〜〜〜〜〜
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