部屋が少し蒸し暑い。
雨が降っているため窓を開けることができず、かといってクーラーをかけるまでもなく、そんな居心地の悪い部屋で、なかなか眠りにつけずブランケットの中でもがいていた。
ふと、ベッドの隣に置いてある時計をみると1:30を過ぎようとしていた。
「マジかよ、、、最悪」
連日リモート飲みや夜更かしで不摂生が続いたため、今夜こそは早く寝ようと12時にベッドに入ったものの、結局眠れず1時間半もたっていた。
本当に最悪だ。
いや、最悪なのはこの眠れないストレスだけではない。
新型コロナウイルスの影響で、GWの予定は全てキャンセル。本当であれば今頃友人たちと石垣島にいっているはずだった。
仕方ないと言い聞かせているものの、緊急事態宣言が発出されてからすでに1か月近くたち、些細なことでもストレスを感じることが多くなった。
SNSもそのひとつであろう。今までは何も考えずに投稿していた写真や動画も、今では非難されかねない。皆が互いに監視している、、、そんな感じがする。
こんなことまで考えるようになったらいよいよだと思い、クーラーをつけるためリモコンに手を伸ばしたところでスマホの着信音が盛大に鳴り響いた。
時刻は1:34。
「は〜?誰だよ、こんな時間に。」
スマホの画面を見ると、知らない携帯電話の番号から。
普段であれば絶対に出ないが、寝苦しさと大音量の着信音で完全に目が覚めてしまい、なんとなく出ることにしてみた。
「はい、もしもし」
「あ、、、出た。、、、まことくんですか?」
聞き覚えのない声の男性が、弱弱しく俺の下の名前を呼んだ。。
「え、、あ、はい。どちら様ですか」
少し間が空いた。
その間に、俺は俺を「君付け」で呼ぶ友達を頭の中でリサーチしたが、どいつも声が異なる。一体相手はだれなのか、変な汗が額を流れた。
「あの、、、僕、はるやです。従兄のはるやだよ。」
「え!!晴也!?」
横になって電話を受け答えしていた俺は、驚きのあまり飛び起きた。
晴也は、俺と8つ離れた年下の従弟。
同じ市に住んでいたこともあり、小さい頃はよく家に遊びにきて面倒みてやっていたが、それも俺が中学を卒業するまで。
最後に会ったのは、5・6年前に祖父が亡くなった葬式の時で、それでも顔をあわせたくらい。あの時はまだ中学生で、幼い顔の晴也には似合わない学生服を着ていて思いっきり笑った記憶がある。
親から聞いた話では、高校卒業後大学に進学したが、いろいろ合わず中退。
今は実家の大工を継ぐため、大学には進学せずにおじさんの手伝いをしていると。
「うん、晴也だよ。良かった、思い出してくれて、、、。」
「思い出すも何も、忘れてないよ。知らない電話番号からだったからビックリしただけ。てか、晴也に俺の携帯電話の番号教えたっけ。」
「うん、中学生の時に聞いた。けど、連絡するのは初めてだと思う。」
そりゃビックリするわと納得し、そんなことはどうでもいいと話をすぐに切り替えた。
「で、どうした。何か用?」
こんな時間に、しかも弱弱しい声で話しているところを考えるに、きっと何かしらの悩みがあるのだろうと、単刀直入に聞いた。
「あのね、実は今、、、東京にいて」
「え、山梨からきたの?いつ!?」
「うん、最終の高速バスでさっき新宿についた。」
「こんな時間に、何しに!?泊まるところは大丈夫なの!?」
ふと、あまりの衝撃に鼻息荒く聞いてしまっている自分に気づき
「ごめん、感情的に聞いちゃったな」と謝った。
「ううん、こっちこそ変な時間に電話しちゃってごめんなさい、、、。」
ただでさえ弱弱しい声がどんどんか細くなっていくのが伝わってきた。
何か言いたいのだろうが、なかなか言い出さないので、一呼吸してこちらから切り出した。
「泊るところ見つからないなら、家においで」
「え、なんでわかったの」
と心底驚いたような声で返ってきた。
「いやいや、今の状況と晴也の声聞けばなんとなく分かるよ。で、今どこにいるの?」
「バスタのベンチ」
「オーケー、じゃあバスタでタクシー拾って『西新宿五丁目駅』まで向かって。うちの最寄駅だから。そこからだったら10分くらいで着くと思う。」
「うん、わかった。目の前にタクシー停まっているからすぐ乗れそう」
会話をしているうちに安心したのか、だんだんと晴也の声が大きくなっていくのが分かった。
「それなら良かった。でも、大丈夫?タクシー運転手に伝えられそう?」
「僕、子供じゃないよ、大丈夫」と笑う晴也。
それもそうか、小さい頃のイメージしかないが、俺の8つ下だからもう22歳、立派な大人だ。
「ごめんごめん。じゃあ、駅前のローソンで落ちあおう。後ほど」
「分かった」
電話を切ろうとすると間髪入れず晴也が
「まことくん!!」
「ん、どうした。」
「あの、、、、ありがとう」
久しぶりに人に褒められたせいか、なぜか赤面してしまった。
「あとで缶ビール奢ってもらう。じゃ。」
とだけ返し、今度こそ終話を押した。
俺は鏡で最低限の身だしなみを整えて、傘を取り玄関を出た。
外に出ると雨脚は弱くなっているものの雲が厚く、都庁のライトアップが雲まで届き幻想的な世界を醸し出していた。