そうこうしているうちに、Tシャツ・スウェット姿の悠吏(ゆうり)がリビングにやってきた。
「お風呂、ありがとうございました。」
深々と頭を下げるのを見ると、育ちの良い子なんだなと共感を持てる。
「ソファーに座って。今、紅茶用意するから」
「え、すみません。僕も手伝います!!」
と、ダイニングの俺の隣までやってきた。
隣にくると、彼の身長の高さが直に感じられる。
俺は170そこそこしかないので、やはり180近くある悠吏が隣にくると威圧感、、、というか、すごく緊張してしまう。
「そんな大したもの出さないから、手伝わなくたって大丈夫だよ。」
「いや、なんか手伝わせてください」
と俺のそばからどきそうにもないので、
「じゃあ、そこのバームクーヘンと小皿をあっちまでもっていってくれるかな。」
「お安い御用です」
と、ニコニコしながらリビングへもっていった。
「堀川さん、京都ではどんな大学生活送ってたんですか。お寺とかたくさん周りましたか。」
バームクーヘンを頬張りながら、テーブルを挟んで正面に座っている俺に話かけてくる。
「うーん、京都が好きだから京都の大学にいったけど、お寺はあんまり行かなかったな〜。
遊んでばっかで。
ただ、大学の近くに金閣寺があったから雪が降った時は、友達と授業サボって行って、写真撮ったり雪合戦したりしてたよ。
今思うと、かなり罰当たりだったけど、楽しかったなぁ。」
「いーなー、俺も京都の大学行きたくて、わざわざ受けに行ったんですど、落ちちゃって。。。あの、大雪のせいだな」
「そうだったんだ!いや、俺が受けた時もすごい雪で、滑って転んだところで受験票落としちゃって、、、、
だめもとで試験教室に入って試験監に申告したら、
『届いてますよ』って拾ってくれた人が教室まで届けに来てくれてたみたいで、
なんとか助かったんだよな〜。」
あれがなかったら、試験を受けられたとしてもテンパって、あの大学には合格できなかっただろう。
ふと、悠吏を見ると、さっきまでの表情とは違い、フォークをくわえながら何かを考えているようだった。
「ごめん、つまんない話した。」
「、、、、いや、そんなことないですよ!
でも、なんでそんなに思い出がたくさんある京都で就職しなかったんですか。」
唐突にあまり聞きたくなかったことを聞かれた。
「思い出が、、、ありすぎるんだよ。」
ほとんど声になっていなかった。
「え、なんですか」
悠吏は聞き取れなかったらしく、テーブルから身を乗り出して聞いてきた。
「いや、行きたい業種が東京のほうが多かったから。京都の企業受けなかったんだ。」
半分本当で、半分は嘘である。
京都に骨を埋めるつもりで京都の大学を受けた。
もちろん、当初はそのつもりであった。
しかし、4年間、京都で生活し、いろいろな場所でたくさんのことを経験した。
真夏の嵐山の竹林、雨の中の祇園祭、紅葉で赤く染まった南禅寺、清水寺のライトアップ、そして、桜の散る鴨川。
楽しかったことも、悲しかったことも、全部京都につまっている。
そこにいく度に思い出してしまう、自分が嫌いだった。
だから、京都から逃げるように東京の企業しか受けなかった。
卒業して以来、俺は京都には行ってない。
まだ、いけない。
過去に勝てる自信がない。。。
「拓斗、大丈夫?」
ふと、気づくと隣に悠吏がいて、俺の肩を軽くゆすっていた。
「あ、ごめん。なんかいろいろ思い出しちゃって。」
「心配した〜、急に、ぼーっとするんだもん、拓斗。」
「ごめんごめん、つい。後輩に心配されるとか情けないわ。」
俺は紅茶を口につけると、深呼吸をした。
ふと、我に返った。
「ん、、、、あれ、さっき俺のこと下の名前で呼んだ?」
「うん、拓斗って言った。
だって、俺ら同い年だもん。」
「そっか、、、、。ん!?どういうこと?!」
「そのまま。俺らタメだよ。多分、いや、絶対。」
目を丸くして聞いた俺に、彼は、実に淡々と返した。
初めてまじまじと見つめた彼の瞳は、黒目が大きく、透き通っていた。