澄乃は優しい。いつだって気遣いが出来て、人に優しく出来る。今回俺が煮え切らない時でも、責め立てず待っていてくれる。
それに、どう見ても、俺と釣り合わないんじゃないかってくらい可愛い。原宿を歩いていると雑誌のカットモデルやらないかと声がかかるくらいに可愛い。
そんな内面も外見もいい澄乃の何が問題なのか。
「つまりセックスが出来ないのな。」
成はジョッキを持ってそう言った。
俺は成の目を真っ直ぐ見て、強く頷いた。
そう、そうなのだ。ただそこが問題なのだ。
「なんで急にセックスレスになった?」
「んー、ぶっちゃけ興奮しないんだよね。俺童貞だったけど、澄乃と初めての時も興奮より好奇心の方が強かった気がする。」
成は何度か頷いた後、空気を切るかのように切り出した。
「お前さんゲイなんじゃないかな?」
へ?ゲイ?
「まさか、そりゃないよ。中高と野球部で男達に囲まれてきたが、そこに性的興奮を覚えたことはないよ。」
むしろむさ苦しいと思っていたくらいだ。
「いやさ、そう思うのもわかるし、俺自身ゲイじゃないからなんとも言いようがないが、遅れて気付く人もいるらしいよ。女性とセックスしてみて、なんか違うなーって思って男とやってみたらそっちが正解だったって人もいるらしいんだよ。」
「どっからその『らしい』は出てくるんだよ。」
「兄貴情報。兄貴の友達にそういう人がいて。」
自分がゲイかもしれないなんて考えたことも無かった。ただ、言われて合ってるのは、俺が澄乃に興奮しないということ。
「鳥の唐揚げお待たせいたしましたー。」
店員の声が木霊して聴こえる。
俺がゲイ?この俺が?
ゲイと言えば一平がいたな。あいつはどうだったのかな?こうやって誰かから言われて気付いたのかな。
いやいや、待て待て。俺はゲイじゃないっつーの。気持ち悪いとかそういう感情はないが、納得が出来ない。初恋だって女の子だったし、他にも気になる女の子は今までいた。
ほら、違うよ、僕はゲイなんがじゃないよー。
「なんだ、なんでフリーズしてんだ?」
「ゲイと言えばな、この前こんなことがあつたんだ。」
俺は話題を変えようと一平の話をした。
「・・・っで、そんな感じで衝撃的な告白をされた。本人は当たり前のように言っていたけど。」
「そいつは面白い奴だな。」
「そんで今度機会があれば新宿二丁目に連れてってもらうんだ。」
「それだ!」
成はジョッキを抱える手の人差し指をこちらに向けて言った。
「知ってみようぜ、ゲイの世界を。」
「別に俺はそんなつもりじゃないんだが…」
「でも現に澄乃ちゃんとうまくいってないんだろ?んで、他の女の子を好きになる訳でもないんだろ?」
「んー、そうだな。」
俺もジョッキを抱えて言った。
「ゲイに偏見が無いなら知っておけよ。損はしないはず。」
なんだかそんな気持ちになってきてしまった。もしかしたら自分はゲイなのかもというわずかな可能性が生まれてしまったような…
「まっ、わからんけどな。とりあえず澄乃ちゃんとどうするかだ。」
「別れようかな…」
下を向いて囁くように言った。
「なんて言って?」
まるで試すかのように成は言った。
「それがわからない…」
顔を上げられずにそう答えた。
「このままじゃ、お互い傷付いていくだけだよ。」
そうなのだ。今のままでは何も良くならない。いつまでも澄乃を避けていられない。このまま傷付いていくのは、俺はいい。でも澄乃が…
「澄乃が可哀想だ。」
ゆっくりと顔を上げた。それだけはいけないと思った。
「そうだな。じゃあ決めないとな。」
何て言えばいいんだろうか。どんな嘘をついても後味の悪さが残りそうで、どんな風に本当を言えばいいのか言葉を探した。
自分が傷付かない方法は探せなかった。自分を守る分だけ、澄乃を傷付けてしまう気がして。
成と別れた後、家までの道で、澄乃との思い出が頭の中で浮かんでいた。
それにどんな終わりを告げればいいか、澄乃の笑顔を思い出す度に、わからなくなった。