ちょうど一ヶ月ほど前
そう、その日も台風の接近に伴い雨が激しく降っていた。
俺は全然効果のない傘を差しながらの帰り道、急に取引先から電話がかかってきてこの十字路で止まり、電話を取った。
内容はいつものように、ほぼクレームのようなお答えできない注文。
「・・・では、失礼します。
ったく、なんでこんな大雨の日に、しかも、こんな時間に電話かけてくんだよ。」
電話を切るころには、雨でびしょびしょになった靴さえも気にならないくらい、疲れ切っていた。
ふと、顔を上げるといつも気にしていなかった住宅地へと進む細い路地の先に「Coffe」と光る看板を見つけた。
(あんなとこに、喫茶店なんてあったんだ・・・)
何となくこのまま帰りたくない気持ちと、何か不思議な出会いをしたような気がして迷わず「Coffe けやき」のドアを開いた。
カラン、カラン。。。
中に入り、店内を見てびっくりした。
店内は薄暗い照明に、カウンター席と3つのテーブル席という至ってシンプルなつくり。
どこにでもある店のように思えるが、
「・・・似てる」
テーブルの配置などもそうであるが、置時計などのアンティークやBGMとして流れているジャズミュージック。
そう、俺が大学4年間アルバイトをしていたCoffeと雰囲気が非常に似ていてた。
そんなことを思いながら、店内を見回しボーっとしていると
「いらっしゃいませ、どうぞお好きな席に」
とマスターらしき50代の小太りのおじさんに声をかけられた。
「あ、すいません。」
俺は、促されるようにその小太りマスターのいるカウンター席へと座った。
大雨のせいか、客は俺一人であった。
「すいません、ホットコーヒーください。」
「かしこまりました。
ゆうり、ホット1つ。」
「はいっ!!」
と、入った時には気づかなかったがカウンターの下でしゃがんで作業している男性が返事をし、姿を現した。
その「ゆーり」と呼ばれた多分大学生であろう青年は、黒髪で、何かのスポーツをやっているのか肌は少し浅黒く、そして何より身長がかなり高く、小さい店のカウンターには不釣り合いな感じがした。
しかし、てきぱきとコーヒーサーバーで仕立てる姿を見ると、この店で働いて長いのであろう。
「お待たせしました」
と、コーヒーを出す彼の顔を、なぜか恥ずかしく見れずに受け取った自分が、非常に惨めであった。
その後、マスターと少し会話をしつつ、30分ほど時間をつぶしたあと清算し、店を出た。その間、「ゆーり」と呼ばれる青年は、会話に入ることなく、コーヒーサーバーの手入れをしていた。
それ以来、その店が気に入り、週に1回ほどのペースで通っていた。
そのなかで、あの「ゆーり」と呼ばれる青年には注文をお願いすることと、コーヒーを持ってきてくれた時に「ありがとう」と声をかけるくらいであった。
しかし、今日、
この十字路で止まり「けやき」の看板をみた瞬間、
(今日、あの人いるかな・・・)
と、なぜか心がつぶやき、けやきに向かって足を動かしていた。