紫陽花が揺れる
雨は次第に勢いを増し
ビニール傘をさした
人の群れが交差する
交差点の真ん中で
ひとり佇んでいる俺
左手に持つiPhoneの上には
雨の粒が大きくたまり
葉をすべる滴のように
下へと落ちていく
『大事だよ』
ウソこけ
「大事な都合のイイ男だろ」
一度や二度じゃない
もうこれで何度目だ
星の数ほど男はいると
オトナのだれかが
言っていたけど
どいつもこいつも
クズばっかじゃ
しょうがねえだろ
『おまえの笑顔に癒されるよ』
本当は寂しくて
不安だった
俺の下手クソな
芝居なんてきっと
見抜いていたはずなのに
傘をささない俺を
避けるように
ビニール傘の群れは
表情ひとつ変えず
くるくると回りながら
俺の横を通りすぎる
「気持ち悪い」
こうして
遊ばれ上手の烙印を
おされたみじめな俺は
どんな恋を選べばいいのか
きっとまた捨てられて
悲劇のヒロインを気取って
生きていくしかないのに
助けにくる王子が
不在な物語じゃ
話が進まないだろ
俺は心に蓋をする
そっとこの物語を
シャボン玉に閉じこめて
空の上へと飛ばそう
大気圏に突入するまえに
ひとつの物語が
パチンと割れて
気づくと俺は
バス停のベンチに
座っているんだ
「…俺なにしてたんだっけ?」
なんて言って
どうやら紫陽花の放つ
あの透き通った匂いに
やられたらしいなんて
最もらしいこと
口にして
折りたたんでいた
ビニール傘を開き
俺も傘の群れへと
消えていくんだ
「なんてね」
ジジジと音をたてながら
iPhoneの電源が
ゆっくりと切れる
すべての情報から
遮断された
この世界では
何もかもが自由だ
俺の名前も
歳も知らない
周りの人たちと
交わることなく
俺は今日からひとりで
生きていくんだ
まるで俺の分身でも
扱うかのように
壊れたiPhoneを
ポケットにしまって
傘もささずに
ビニール傘の群れの中を
逆らうように歩く俺は
静かに人混みの中へと
消えていった
低空飛行を保ったまま
空中を漂っていた
シャボン玉は
バス停のベンチの上を
ふわふわと通り抜け
到着してきたバスへと
接触する
気づくと
俺はビニール傘をさした
人の群れが交差する
交差点の真ん中で
ひとり佇んでいるんだ
雨の中
失恋という甘い蜜に
酔いしれる
悲劇のヒロインを
孤独に演じながら
パチンッ
「なんてね」