部屋の壁にかけられたコルクボード
貼られた膨大な数の写真
彼氏との
思い出
『もうよくわかんない』
捨て台詞を吐いて部屋を出た彼氏
思い返せばよくわからないと
言われ続けた日々だった
確かに人より寡黙なほうかもしれない
ゲラゲラ笑うほうでもないし
喜怒哀楽が難しいというか
おもむろに
首から下げてるカメラをはずし
自分に向けてシャッターを切る
ニッ
笑ってみた
「キモイな」
ベッドの上に突っ伏す
あの日あの時
こどものように泣き叫んで
おんなみたく引き留めていたら
まだ付き合ってくれていただろうか
こんな写真オタクでも
好きだと言ってくれた彼の気持ちを
繋ぎ止めておくことが
できていただろうか
「好きだよ…」
涙があふれそうになる
年を重ねるにつれて
強がりや自己保守の言い訳ばかり
上手くなって
嘘ついて
答えのない恋愛について
深く考えることも放棄して
あれ
おとなって泣いていいんだっけ
25を過ぎたらこどもじゃないんだっけ
おとなって
なんだっけ
「うっ…ぐう」
涙が頬をつたう
決めた
今日はとことん泣こう
声をだして泣いてやろう
それくらい好きだったんだよって
それくらい本気だったんだよって
遠くの彼に聞こえるくらい
お隣の女子大生さんにひかれるくらい
大きな声で泣いてやろう
こどもだけが泣いていいって
わけじゃないんだし
不思議と
心は泣いていなかった
心が深く傷つくことをおそれて
代わりに俺の脳ミソが電気信号で
俺の体に指令を送り
俺に泣けと命令していた
俺は一晩中
こどもみたく泣き叫んだ
気付けば部屋は明るくなり
仕事に行く時間になっていた
「…行くか」
ブサイクな顔
シャツのボタンをとめ
ネクタイをキュッとしめる
「行ってきます」
泣き腫らした目をこすりながら
部屋をあとにした
カンカンカンと階段を降りる音が
部屋に響き渡る
大きなコルクボードに並んだ写真
その上から画びょうで貼られた一枚の写真は
まばゆいくらいの朝日に照らされて
他の写真が霞むほどに
それはもう
キラキラと輝いていた
俺はー
おとなであり続けることをやめた。