「まず秋山さんは確か飲食経験者でしたよね?」
一通りの場所と配置、ルールを教えられた後パントリー(料理の出てくるスタッフリームのこと)で急に聞かれた。
「はい、高校時代はずっと居酒屋で働いてました。」
「じゃあ大丈夫。頑張って、はいこれ卓番表。」
手渡された手のひらサイズの紙にはテーブルナンバーが書かれていた。
「はい。頑張ります。」
・・・
秋山さんはニコニコしている。ただ、ニコニコしている。
「えっ?」
「運んでください。」
相変わらずニコニコしてる。ただそれだけ・・・
「えっ?運ぶんですか?」
「運ぶんです。」
・・・
「あっ、はい。」
運ぶんですって・・・それだけ!?
確かに経験者だけど、いいのかそんな急にやらせて。
もっと詳しく教えてもいいような。
早速ドリンクを運ぶことにした。
トレンチ(トレー)にドリンクを乗せているとハンディを手渡された。
「はい、注文されたらこれで。」
えー!早速!?何も教わってないし、メニューも何も覚えてないのに!?
「一平、放置プレー・・・」
ドリンクを作っていた祐司が耐えかねたのか口を挟んでくれた。
「え?教育?何それ、勝手に覚えるだろ、みんな。」
あれ?秋山さん、そういう人?
「耕一、大丈夫か?まぁやってみるのはいいことだよ。一平はそういうやつだし。」
「大丈夫だと思うんですが・・・」
横目で秋山さんをみるも、俺の視線なんて全く関係ないかのように笑っている。
こえーよ・・・
運んだ卓ではファーストドリンクだったので早速注文を頼まれた。
お客さんにとって、制服着ていれば皆店員。そこには新人もベテランもありはしない。
次々に注文される料理にあたふたしながらも何故か「はい。」と言ってしまう。
その料理のキーが何処にあるのか全然わからないのに。
なんとか聞き終えて、少し離れてハンディのキーを必死に探した。
そこに秋山さんが来て「それはそこ、それは同じような料理があるから気をつけて、あのお客様が頼んだのはこっち。接客態度は問題ない。あとは慣れですね。」
あぁ、とりあえずやらせてそのあとフォローする方針なのね。
それなら嫌いじゃないが、なにせ唐突すぎる。
その時、耳につけているインカム(無線)から祐司の声が聞こえた。
『57卓様、57卓様お呼びです。』
「はい、了解いたしました。」
素早く秋山さんが返事をする。
秋山さんが57卓に行く間にハンディに少しでも慣れておかなければ・・・
「はい、行って下さい、57卓に。」
「あっ、僕が行くんですね・・・」
そうきたかと半笑いをしてしまった。
「はい、お願いします。」
お決まりの笑顔に少しげんなりしながら、57卓に向かった。卓番表を頼りに。
「えっとぉこの串揚げって一人前何本ですか?」
『二人前、二人前です。』
「二人前でお出ししております。」
「じゃあ4人前で、あと今日の刺身の盛り合わせは何入ってますか?」
『カンパチ、マグロ、タイ。』
「カンパチとマグロとタイでお出ししております。」
「ふーん、じゃあその盛り合わせ二つで。」
「あとは梅酒とビール5つで。」
『梅酒は飲み方言われなかったらロックで、なのでわざわざ聞かなくていいです。』
「はい、梅酒とビール5つですね、かしこまりました。」
っと、お客さんからの質問にインカムで秋山さんが答えてくれて、それをそのまま伝えるとなんとかさまになっている。
っていうか秋山さんどこで聞いてるんだか・・・
「接客中でもちゃんとインカム聞けて凄いじゃないですか。なかなか出来ないスタッフもいるんですよ。」
「ありがとうございます、フォロー助かります。」
うん、なんとかやっていけそうだ。
秋山さん、面倒見がいいんじゃないだろうか。
っというのは回転間もない時の話で、19時を過ぎたピークの時間には俺はこのバイトの大変さを知る。
「これ運んでー!んでそのままお伺い!」
「52卓様帰った!次の予約あるからバッシング(食器類を下げること)即行して!」
「フロントフォローして!高尾さん電話出てる!」
「そろそろ11卓の宴会ドリラスの時間だ!誰かとってきてくれ!」
そんな忙しい中、俺はとにかく運びに徹していたたまに注文を受けながらも、そのときにはしっかり秋山さんがフォローをいれてくれる。
例えば俺が卓番を間違ってオーダーを送信したときもいち早く間違いに気づいて注文した宅に提供して、間違いを訂正してくれる。
お客さんにも調理場でも実害なしにしてくれる。
あれ、秋山さん、やっぱり優しいな。
「秋山さん、ご案内に行って下さい。ご案内したら新規で立ち上げてお通しを打ってください。お通し自体は担当が持っていくので気にしないでください。」
はい、やっぱり急に新しいことやらせたりすんだよねぇ。
「はい、かしこまりました。」
この店、思っていたよりずっと忙しい。でも楽しい。
もう一人の秋山も厳しいところもあるが、最終的には優しくフォローしてくれるし。
この店で働くの、面白そうだ。
そう思った。