「わり、今度の火曜からバイトすることになった。」
帰ってきてからまず澄乃(すみの)に電話をした。
もともとこの日には予定が入っていた。とはいっても単に「話がしたいから」との澄乃からの誘いだったのでバイトを優先させてしまった俺がいる。
「やってくれたねぇ。大事な話だったらどうすんのさ。」
少しふてくされる澄乃の声に安心した。これくらいなら咎めはなさそうだ。
「すんません、祐司からの誘いが急すぎて、頷いとけと思ってしまいました。大事な話だったか?」
「6月の終わりにでもみんなでディズニー行こうって話があったじゃん。あれ耕一が話進めるってなってたけど、どう考えてもそういうのすっぽかしそうだからその話しようと思って。」
「あー、あれな・・・うん、すっぽかしそう(笑)」
「ちょっとは責任感もってよ。みんな楽しみにしてるんだから。」
「はい、頭の片隅に入れておきます。すみません。」
「あ、あと・・・」
電話を切ろうとする俺を遮るかのような話し方だった。
俺としては早くレポートに手をつけなければいけないのだが・・・
「最近、会ってない・・・」
少しだけ、ほんの一瞬だが、沈黙があった。
次の言葉は俺が発するはずなのに何を言えばいいのか迷ってしまった。
澄乃は澄乃で続く言葉がありそうに噤(つむ)んだから。
「あぁ、悪い。忙しいんだ・・・」
これは一種の慣用句みたいなもんだ。
「忙しい」と言うのは「会いたくない」にかなり近い意味を持っている。
嘘ではない。嘘ではないのだが、限りなく嘘に近い本当だ。
「じゃあ俺、レポートあるから。」
言葉のキャッチボール。連投はルール違反で失格だ。
「うん、じゃあまた時間あるときにでも。」
そういう澄乃は淋しそうだった。
「あぁ、また。」
電話を切るとレポートを机に置き去りにして寝転んだ。
わかっていた罪悪感。どんなに覚悟しても予想よりも大きな重みがくる。
「あー、疲れた。」
澄乃と付き合って半年になる。
サークルで出会ってから一ヶ月もしないで告白されて、告白されたことことが嬉しくて二つ返事をしてしまった。
サークルは小学校に放課後の時間に行って、児童と遊んだり勉強教えたり。
そのサークルで行っていた学校もお互い変わってしまって、週に一度必ず会うことも無くなった。
大学は違うから会おうとしないと会えやしない。
澄乃のことは好きだ。
可愛いし、優しい。おまけにこんな俺のこと好きになってくれる寛大な人間だ。
だけど愛してるのだろうか。
セックスは出来る。ただ、欲情はしない。
一緒にいて楽しいと思う。ただそんなに頻繁でなくていい。
初めて出来た彼女ってやつに初めはうかれていたが、それも時間が経つにつれ薄れて冷静になる。
澄乃にも、自分にも、嘘をつくのは辛い。
(早く終わらせろ、早く終わらせろ。)
そう思うたび名残惜しくなってしまう。
今まだある、「普通」ってやつが。
「あー、キャッチボールしてぇ。」
上体を起こした俺はゆっくり立ち上がり机に向かった。
早くレポートを終わらせようと。