体中が熱い、痛い、そう思って目を覚ますともう昼間だった。Hも部屋の主(以下K)も部屋にいる様子はなく、テーブルの上にHから目が覚めたら必ず連絡するように、Kからはバイトに行ってくるとの置手紙があった。Hにメールをうち、顔を洗おうと洗面所へ向かった。洗面所の鏡にうつる自分の顔を見て正直驚いた。いくつかガーゼをとると、たくさんのアザとあちこち腫れていた。なぜか自分の顔を見て冷静に「痛々しい」と感じた後に、「ああ、なんでこんなことに?」と一気に怖さと空虚感が襲ってきて体中の力が抜けて、その場でうずくまり泣いた。時間が経つ感覚が麻痺した感じでその場でただボーとしていると、Hがそんな僕を発見して駆け寄り「どうしたのこんなとこで、大丈夫?」と抱きしめてくれて、「Hの身体暖かいな」と思いだんだんと自分が正気に戻っていくのを感じた。
落ち着いた僕にHは、今はとにかく体を休めること、今はタクヤさんからは逃げて自分を守ることなど諭すように優しく語った。タクヤさんから逃げることが最善なのかその時僕にはわからなかった。というより、考える余裕がなかった。そのうちKがバイトから帰ってきた。Kは当分家にいていいこと、話を聞いて欲しい時はいつでも聞くからと気遣ってくれた。
体も顔も傷だらけで家には帰れないと思い、Kに甘えて当分居候させてもらうことにし、親には夏休みなので友達と思いきり遊ぶためしばらく帰らないと連絡した。バイト先には、顔に怪我をし3週間くらい休ませてほしいと連絡した。バイトは接客業なのでこの顔では当然勤まらない、クビになることも覚悟したが、バイト先のオーナーは承諾してくれた。夏休みだか先生の手伝いで週末以外がほぼ毎日学校に行かなくてはならなかったが、HとKの計らいでゼミの仲間がカバーしてくれた。その時は必死であまり考える余裕はなかったが、当時の周りの暖かい心遣いに今でも感謝の気持ちでいっぱいだ。
それから2週間くらいは、Kの家でひたすらボーっと過ごした。タクヤさんとのことを考えようとしても、うまく頭が回らない。体の傷は少しずつ癒えていくものの、心の傷は予想以上に深く、殴られた時のタクヤさんの顔が脳裏に焼き付き、フラッシュバックのように急に思い出され、体の震えが止まらないという日々が続いた。Kと並んで寝ている時も急に僕は震えだした、Kは「大丈夫だから」と言いながら優しく僕を抱きしめ、震えが止まるまでそのままでいてくれた。Kは結構ごつい体をしている男だが、その時の僕には十分な安心感を与えてくれた。Kはストレートだが、そうゆうことを自然としてくれる人であった。
3週間が経ち、体の傷は大分よくなった。普通の生活に戻るときがきた。Kの部屋を出て、Hに携帯電を返してもらう、実はHと話した結果、タクヤさんからのメールや電話に応じるときっと僕は彼に会ってしまうこと、次は僕の身がどうなるかわからないことを考え、携帯電話ずっとHが預かっていた。家族や友人、バイト先からの連絡は、Hが口頭で伝え、必要があれば僕から折り返すかたちをとっていた。
自宅に帰ると今までと変わらず、笑顔で「おかえり」と家族はむかえてくれて、バイト先では「これから頑張ってもらうから」と激励してくれた。タクヤさんに殴られたあの日からなにも変わらない日々が僕を待っていて、とにかく普通に僕は過ごした。時折体の震えが襲ってきたが、支えてくれる友人の存在は大きくどうにかやり過ごした。携帯電話には毎日タクヤさんからの謝罪メールと着信が数十件入る。それを意図的に無視するというよりも応じる余裕がなく、僕は毎日彼からの連絡をまるでなかったかのように見て見ぬふりをし続けた。そんな感じで一週間が過ぎた。
続きます。