俺
彼氏
そして浮気相手・・・
安っぽい昼ドラの展開なら、ここで修羅場だ。
髪をひっつかんで引きずりまわして。
でも、不思議と何にも感情が湧いて来なかった。
怒りも、悲しみも、何も。
世の中のありとあらゆる「感情」というものが感じられない。
きいちゃんと久々に会えたっていう、一瞬の喜びすら吹き飛んでるってことだ。
俺「何で連れて来た・・・?」
霧「勘違いしないでくれ。」
女「あの・・・先輩・・・。」
俺「きいちゃん、この人誰・・・?」
霧「バイト先の・・・」
女「篠塚って言います。あの・・・」
俺は女の名前を聞くと、無感情のまま、目線を逸らした。
その目の前に、きいちゃんと篠塚が座る。
霧「ゆう、落ち着いて聞いてくれ。」
俺「・・・。」
霧「俺・・・浮気したって言っただろ・・・?」
俺「・・・!」
霧「篠塚だけには俺とゆうの関係は話してある。」
篠「あの、先輩・・・私から説明させてくれますか?」
霧「え・・・ああ・・・その方が良いか・・・?」
俺「どうでもいい・・・何の説明がある・・・?」
多分俺、怒ってた。
無神経すぎる。
俺の目の前に浮気相手を寄こして何の説明があるってんだよ・・・。
言い訳か・・・!?
篠「その・・・私と先輩・・・何にもしなかったんです。」
俺「・・・は・・・!?」
篠「実は私・・・先輩にずっと憧れてて・・・付き合ってる人いるって知らなくて・・・で・・・あの日・・・私からキスしちゃったんです・・・。」
俺「何もなかったんじゃないんですか?キスしたって今認めてるし・・・!」
霧「ゆう、頼む・・・落ち着いて聞いてくれ・・・。」
篠「先輩スンゴク酔っ払ってて・・・それで、私先輩の家知らないし、一人じゃ絶対に帰れない状態だったし・・・」
俺「だからって酔っ払ってるスキに・・・!」
篠「ゴメンなさい・・・!でも信じて下さい・・・その・・・行為には至ってないんです・・・。」
俺「悪いけど・・・信じられません・・・俺は・・・きいちゃんが浮気しちゃったならしちゃったで良い・・・。謝ってくれたし・・・もう許してんのに・・・!」
霧「ゆう・・・最後まで聞いてくれないか・・・?」
俺「もう許してたんだぞ・・・!なのに何でひっかきまわすんだ・・・!?変にごまかさなくても良いだろ・・・!逆にムカつく・・・!」
浮気相手よこして、何もなかったってごまかすなんてひど過ぎる・・・!
霧「ゆう、頼む・・・最後まで聞いてくれ・・・!」
俺「・・・。」
霧「な・・・頼む・・・。」
とりあえず、その説明とやらを聞いてみる事にした。
多分、心のどこかで、何かを信じていたいっていう気持ちがあったのかも知れない。
霧「篠塚、俺が説明するから。」
篠「はい・・・。」
きいちゃんは、一呼吸置いて口を開いた。
霧「篠塚が言うには、その・・・行為に至る寸前まで進んじったみたいなんだけど・・・。」
俺「・・・。」
霧「その・・・服脱いで、篠塚の上で・・・寝ちゃったみたいなんだ・・・。」
俺「・・・へ?」
霧「俺・・・マッパになって、そのまま・・・爆睡したらしいんだ・・・。」
俺「・・・マジ・・・?」
霧「篠塚を一瞬でも抱こうとしたのは間違いない・・・でも・・・ゆうには本当の事を知ってほしかったんだ・・・。」
俺「ホントにヤッてない・・・?」
篠「それは私に保障させて下さい。」
俺「信じて・・・良いんですね・・・?」
篠「はい・・・!ホントにゴメンなさい!」
酔っぱらうと、すぐに寝入ってしまう・・・
きいちゃんの癖だ・・・。
酒が入って出来上がると、ふとした事で、一瞬のうちに夢の世界に入る。
俺「じゃあ・・・半分・・・浮気・・・だな・・・。」
霧「そう・・・なるのかな・・・。」
俺「いやむしろ4分の1浮気だ。キスして服脱ぐまでなら。」
心がフワッとなった。
安心感に埋め尽くされたのかな・・・。
よくよく考えてみたら・・・
きいちゃんはいっつもバカ正直な男だ。
ウソをつくような人間じゃない。
それはもう、親友期間と恋人期間を合わせて約4年にもなるきいちゃんとの付き合いでよーく分かってる。
分かってたはずなのに・・・。
一瞬でも疑った自分が恥ずかしい・・・。
俺「ゴメン・・・嘘つき呼ばわりして・・・。」
霧「ゆうが謝ったら俺の立場無くなるよ・・・。」
篠「私・・・ホント悠太さんに迷惑かけて・・・ホントにゴメンなさい・・・!」
俺「もう良いですよ。一瞬でも許さないって思ってたけど・・・もう・・・大丈夫です。」
霧「ゆう・・・ホントに・・・許してくれるのか?」
俺「・・・もちろん・・・。やっぱり俺・・・きいちゃんが好きだから・・・。」
篠「私・・・そろそろ帰ります・・・。」
霧「そうか・・・。ゴメンな・・・家にまで来てもらって。」
篠「いえ、そんな・・・悠太さんに話せてよかったです。」
俺「わざわざありがとう。」
篠「あ・・・はい。こちらこそ・・・。」
俺「でも・・・最後に一つだけ良いですか?」
篠「え、何ですか・・・?」
俺「男同士が付き合ってるって知って、引かなかったんですか?」
篠「あ、いえ・・・」
霧「篠塚はな・・・そういう話好きなんだって・・・。」
俺「ん??」
そういう話が好きってどういう意味だよ。
霧「俺もこないだ知ったんだけど、篠塚は腐女子要素アリの子なんだって。」
俺「腐女子ぃ?!」
篠「は・・・い・・・。腐女子歴1年です・・・。」
霧「イケメンもゲイも大好きの、腐女子。」
そう・・・か・・・。
俺「初めて会った・・・本物の腐女子に・・・。」
霧「篠塚は誰にも言わないって言ってるし、むしろ俺のノロケ話を聞きたいってさ。」
篠「先輩・・・!すみません・・・悠太さん・・・。」
何だかこのやりとりで・・・一気に解放されたみたいだ。
篠「じゃあ・・・帰りますね。お邪魔しました。」
俺「あ・・・じゃあ・・・気を付けて・・・。」
篠「あの・・・私が言うのは変ですけど・・・先輩はバイト先でもスンゴク優しくて、皆から愛されてます。そんな先輩に想われてる悠太さんは幸せなんだなって。」
俺「え・・・。」
篠「もう私、先輩の事きっぱり諦めてますから、安心して・・・下さいね。」
そう言うと、篠塚さんは、きいちゃんにお辞儀して、帰って行った。
***
俺「きいちゃん・・・こっち来て・・・。」
霧「うん。」
きいちゃんは、ベッドに座る俺に密着するように、隣に座った。
俺「やり直せるんだよね・・・?」
霧「うん・・・もし・・・ゆうがOKなら・・・。」
俺「俺は・・・OKだよ。」
霧「ゆう・・・。」
きいちゃんは俺を優しくハグしてくれた。
久し振りに、きいちゃんの胸の中に包まれる。
はあ・・・ここが・・・俺の行きつく場所なんだよね。
霧「俺の事・・・好き?」
俺「・・・大好きだよ・・・。」
霧「・・・アリガトウ・・・。」
俺「きいちゃんは・・・?」
霧「・・・大好きだよ・・・。」
2週間ぶりに唇を重ねた。
乾燥と緊張で少しかさついてたけど、それでも柔らかい感触を感じる。
そのまま俺は・・・ベッドにそっと押し倒され・・・
この時ほど天国に近い幸せを感じられたセックスは今まで無かったというくらい・・・
激しく優しく愛し合った。
「アア・・・ハァ・・・ア!ン・・・!」
「スゲーよ・・・!もっと・・・!アア・・・!」
「アア・・・ハ・・・ア!!イ!イック・・・!!」
「俺も・・・ハァ・・・!!アア!」
***
霧「大好きだよ・・・。」
俺「うん・・・。」
温かい毛布の中で、暖かい腕に抱かれ、俺は、恋人とのヨリを無事に戻せた。
もう・・・何も怖くないよ・・・。
***
今回の浮気未遂の一件で、俺ときいちゃんの関係は、1ステージ上がった様に思えた。
多分、白浜旅行からの1年間は、嵐の前の静かな時間。
そして、その青天に、浮気未遂という霹靂が落ちた。
恋愛の神様は、決して俺ときいちゃんを別れさせようとしたんじゃないんだよな。
俺たちに試練を与えた。
それを乗り越える事が出来るか、試されたんだ。
神様は、母さんが言ってた様に、人を傷つけると自分がもっと傷ついてしまうという、優しすぎるが故のきいちゃんの性格を知ってた上で、こういう試練を選んだんだ。
どうですか・・・?
神様・・・。
無事に・・・乗り越えましたよ。
***
そうだ・・・大学卒業したら、話さなきゃな。
あの白浜の旅行の時に考えてた事。
きいちゃんが結婚を考え始めたら、潔く、別れる。
爽やかに、暖かく、受け入れよう。
この事は・・・ちゃんと話さなきゃな。