水の音
深く
もっと深く
焼けるほどの強い日差しが
水中にサンサンと差し込む
地上の声が遠のいていくほど
深く深く潜りこんで
視界に広がる水色を
存分に楽しんでいた
「おーい、早くあがってこい」
微かに聴こえる声に導かれ
水中から顔を出す
顔についた水をはらいながら
ゴーグルをはずす
「もう時間ですか?」
「ん。そろそろ開園」
デッキブラシを持った先輩が
小首をかしげている
プールから上がる僕
ライフガードキャップをかぶる
「今日は天気がいい。混むぞ」
耳の水抜きをする
「ウォータースライダーの点検終わりました」
「ほらよっ」
「?」
デッキブラシを投げ渡される
「あっちの床が汚れてた。一緒にこするぞ」
先輩の小麦色に焼けた
背中を見つめながら
後ろをついていく
6年前ー
10歳だった僕は
ここのレジャー施設で溺れて
当時まだ新人だった
この先輩に助けられ
一命を取り留めた
一度止まりかけた心臓を
先輩がまた動かしてくれた
あのときの鼓動と
先輩と一緒にいるときに
感じるこの鼓動とが
チクチクと痛くて
まだ忘れられません
僕は
あなたに憧れて
今年から
この世界に入りました
そしてあなたは
そのことを知っているー
「おい」
床をこすりながら
話しかけられる
「はい!」
「その…」
「…」
日焼けした先輩の顔が
少し照れていた
「…今日もがんばろう」
空を見あげると
吸いこまれてしまいそうなほど
雲ひとつない美しい青空だった
深く深く
潜っていきたいほどの
「はいっ!」
僕はこの日
新人として初めて
溺れる一人の男の子を救助する
そしていま
僕は
その子と一緒に仕事をしている
「モタモタすんな〜」
「はい!」
先輩
見ててください
あなたに助けられた
僕の胸の鼓動は
今日も力強く
チクチクと
同じリズムを刻み続けています