◆ジムに着いてロッカーでウェアに着替える。辺りを見渡すと、今日も結構いるいる(笑)舐め回すように良いガタイの男を見つめるお仲間のゲイたちが。
俺はマシンをいくつかピックアップし、マイペースでこなしていく。バイクをこぎながら、家では息子が夕飯を作り、風呂を沸かして俺の帰りを待っている。と思うと顔が自然とほころぶ。でもまさかゲイである俺にあんな頼りになる息子ができるとは夢にも思わなかった。天国にいる嫁さんにはいくら感謝しても足りない。もともと嫁さんとは高校の同級生だった。数年前、偶然に再会して、お互いに近況を語り合った。彼女は早くに結婚したが、元夫の暴力が原因で離婚。今は中学生の1人息子と裕福とは言えないけれど楽しく暮らしていることを。俺は大学の時から自分はゲイだと自覚してから男にしか興味がないこと。今まで女と付き合ったことは1度もないこと。3年間連れ添った彼氏と最近別れて今は1人でのんびりしてること。ゲイだけど子供のことを諦めきれず将来的に施設などで暮らす子供を引き取り養子縁組を考えていることなどを素直に打ち明けた。彼女は俺の突然のカムアウトにも特別驚くことはなく、逆に彼女からも意外なカムアウトがあった。それは彼女の体が病気に侵され、医師から手の施し用がないと宣告されたということだった。
そんなゲイとバツイチ子持ち女に結婚話が持ち上がった。切り出したのは彼女の方だった。彼女は自分の命が終わることに悔いはない。だだ1つの心残りは1人残される息子の事だと言った。かといって余命少ない女と結婚してくれるような男はいない。そこで無理を承知でゲイの俺に一種の偽装結婚を提案してきた。彼女のこの提案は当時の俺にも都合が良かった。「良い歳なのに結婚の話どころか彼女の噂も聞かない」という俺に対する職場や親、兄弟が俺を見る目は決して居心地の良いものではなかった。子持ちだろうと女と結婚してしまえば、俺に対する周囲の疑いの視線は払拭できる。しかしそんな俺自身の体裁より、単純にユウマのことが心配だったというのが一番大きかった。そんなお互いの思惑が一致し、ゲイとノンケ女とその1人息子という家族が誕生した。
結婚生活はセックスこそなかったが、新婚夫婦でなくユウマを含めた新しい家族としてスタートし、短い間だったけれどそれは理想の家族だったと自負している。結婚から約1年後彼女は病気のため亡くなったが、息子のユウマが俺にすごく懐いていることをとても喜んでいて、最期は安らかな顔で天国に旅立っていった。
…そんな昔話を思い出しながら時計を見ると、予定していた帰宅時間になっていた。慌ててシャワーを浴びてビッショリと汗に濡れたウェアーを着替えてジムを出た。
ジムからの帰り道にいつも思うことがある。たとえ偽装と言われても、籍を入れ、家族なり、女としてでなくパートナーとして愛した妻が残してくれた俺の1人息子のユウマは俺が守る。といつも心の中で自分に問い掛けている。しかしそうは言いながら、俺とユウマは単純に人として相性が良いのだ。血は繋がっていなくても息子は息子だ。そんな愛しき息子が待つ我が家へ向かって俺は家路を急ぎつつあった。